イタリア、シリア、ポルトガル、アメリカなど世界を行き来しながら国境のない日々を送るマンガ家・ヤマザキマリさん。マリさんの母リョウコさんもまた、音楽と娘、そして自身の人生を愛する、何から何まで「規格外」の母だった! ヴィオラ演奏家として世界を駆け巡りながら、シングルで娘2人を育て上げた破天荒なリョウコさんからマリさんが学んだこととは? 濃縮3回シリーズ、最終回は「普通の人がいない家族!」についてです。

(1)この地球でいかに面白く楽しく生きるか
(2)私が歴史マンガを描き続ける理由
(3)『フランダースの犬』のネロにはならない! ←今回はココ 

待っていれば幸せが降りてくる? いやいや、そんなのありえない

―― マリさんのお母さんのリョウコさんは、絵描きになりたいという小学生のマリさんに「これを読みなさい」と『フランダースの犬』を手渡し「絵描きになるっていうのは、つまりこういうことだから、それでもいいのなら頑張りなさい」と言ったんですよね。

ヤマザキマリさん(以下、敬称略) 傑作なのは、一緒に手渡されたのが『ニルスのふしぎな旅』と『シンドバッドの冒険』だったんです。この2冊のおかげで、私は、絵描きになりたいという気持ち以上に、いろいろな場所に移動する冒険家になりたいと思いました。『フランダースの犬』のネロにもニルスやシンドバッドのような行動力と狡猾さがあったら、絶対にこんな寒い街の教会で精神的虐待を受けた末にのたれ死んだりしなかったはず! と確信しました。

―― えっ『フランダースの犬』といえば号泣ストーリーですよね。まさかそんなところに着眼するとは!

マリ こんな悲惨な野垂れ死にをするなんて、ネロ……なんて要領の悪い子どもなんだろう、っていうのが第一印象でした。この人は「待っていれば誰かが助けてくれる。どこからか幸せが降りてくるだろう」なんて甘ったれていたからこうなったんだ、と思いました。コンクールだって、ちょっとだめだからって落ち込んで。私はどうもグチグチいつまでもくじけているのがダメなんですよ。当時の児童文学ってそういうのが多いじゃないですか。

 私はディケンズの『オリバー・ツイスト』みたいな、ずる賢く生き抜く孤児が、あの手この手をひねり出して生きていく、生命力旺盛な物語が好きなんです。なにせ自分自身がそれに似た環境で生きていたわけですからね。大人には頼れない、自分でやるしかないっていう容赦無い意識を持った子どもは、決してネロにはならない。(笑)

「『マッチ売りの少女』だって、最後のマッチ1本すって、凍え死ぬなんてありえない。どこか温かいところに向かって移動しましょうよ。子どもであることに甘えて誰かが助けてくれるだろうなんて思っていると、ろくなことにならないんです」