50歳目前で「自分は何のために生きているんだろう」

 51歳で、東京から新潟への移住を決めた手塚貴子さんのライフシフトも、自身の人生に対する自問自答からスタートしました。37歳で広告代理店を辞めて独立し、プロデューサーとして活躍してきた手塚さん。銀座から徒歩15分のベイエリアにマンションも買って、夢がかなったように思っていたものの、50歳を目前に「結婚もせず、子どももいない自分は何のために生きているんだろう。今、自分がいなくなっても、誰も困らないのではないか」と心が騒ぐようになります。

 もやもやする中で気付いたことは、今の自分はマンションのローンと老後の備えのために「やらざるを得ない」仕事を必死でしている、つまり今を豊かに生きていないということでした。

 では、今一番したいことは何か。その答えは、以前、取材で訪ねてからずっと気になっていた「新潟での田舎暮らし」だったというのです。

 そこからの手塚さんの行動は早かった。なんと2カ月後には新潟にアパートを借りてしまったのです。ステージ2「旅に出る」の始まりです。

 新潟のアパートの家賃は4万円。東京のマンションの駐車場代を充てれば十分なので、まずは2拠点居住からスタート。都会育ちで虫も触れなかった手塚さんは米作りに挑戦し、とんでもない苦労をします。

 でもそれがきっかけで「都会の人は農家の人がこんなに苦労して食べ物を作っていることを知らない。食べる人と作る人をつなぐことこそ自分のミッション」と気付きます。ステージ3「自分と出会う」への移行です。その後の手塚さんは大忙し。都会人への農業体験の提供や、食べ物が付録の雑誌「食べる通信」の創刊、そして新潟県の6次産業プランナーに推薦されて……と、どんどんと仕事の幅を広げながらさまざまなことを学び尽くし、今では東京のマンションも売却して、新潟を拠点に自分が主人公の人生を楽しんでいます。ずっと自分が輝ける場所を見つけたことで老後の不安も消え、「なんとかなる」と感じています。

新潟に移住して米作りに励む手塚貴子さん