横浜市で、40代以上の「メイク初心者」の女性にメイクレッスンを行っている、美キャリアラボ代表の平井聡子さん。その人らしさを引き出す「正解メイク」によって、年齢とともに訪れる肌の変化をネガティブに受け止めていた女性たちの表情は別人のように輝き出すという。ライフステージの変化で軌道に乗りかけた仕事をたびたびリセットすることになりながらも、「目標設定をしなかったから今の仕事にたどりつけた」というキャリアの歩みを聞いた。

(上)2年間で1万人 「田舎回り」で鍛えられたメイク技術 ←今回はココ
(下)働くチャンスが来るたび夫に転勤 それでも折れなかった

 「管理職に昇進したけれど、年上部下のおじさんたちは全然言うことを聞いてくれない。なめられないようなメイクを覚えたい」。ある女性はこんな理由で5回コースのメイクレッスンに申し込んできた。回を重ね、メイクが上達するにつれて彼女の表情はどんどん明るくなり、ある日ニコニコしながらこう口にした。「自分で言うのも何ですが、最近メイクのときに鏡を見てかわいいなあって思うようになったんです。そうしたら、周りは何も変わっていないのに、イライラしなくなって。自分が変わると、こんなに世界が変わるんですね」

 メイクで輝きが増したら、うつむいていた気持ちも晴れやかになった――メイクアップアーティストの平井聡子さんは、女性たちから何度もそんな話を聞いてきた。

 「メイクの仕方が分からないっていう困りごとを解決することで、それ以上のいい変化が起きるんだなって、私がびっくりさせられるんです。本当にうれしいですし、面白い仕事です」

メイクアップアーティストの平井聡子さん。横浜市で40代からの女性を対象としたメイクレッスンを行っている。「お肌の悩み、人生の悩み、いろんなものを抱えた方がいらっしゃいますが、メイクで変身した自分を見て涙を流す方も多いです。お客さまから教えていただくこともたくさんある、面白い仕事です」
メイクアップアーティストの平井聡子さん。横浜市で40代からの女性を対象としたメイクレッスンを行っている。「お肌の悩み、人生の悩み、いろんなものを抱えた方がいらっしゃいますが、メイクで変身した自分を見て涙を流す方も多いです。お客さまから教えていただくこともたくさんある、面白い仕事です」

寮のある会社への就職が必須、18歳で美容部員に

 2016年、47歳のときに横浜市で40代以上の女性を対象にメイクレッスンを行う「美キャリアラボ」を立ち上げた平井さん。「年齢とともに肌が大きく変化する世代だからこそ、『正しいメイク』の効果が出やすいんです。シミやシワが増えて落ち込んでいた方が、すごく元気になる。メイクって錯覚なので、やり方さえ身に付ければ誰でも実践できて、自分を魅力的に見せることができます」。はつらつとした口調で楽しそうにメイクやお客について話す様子からは、日々の仕事がいかに充実しているかが伝わってくる。

 目標に向かって強い意志で前に進んできた人。そんなふうに見られることも多い。だが本人は全く違うと話す。「今みたいな仕事をしていることは想像もしていなかったですし、目標を決めなかったからこそたどりつけたと思います。というか、目標設定ができなかったんです、本当に

 名古屋市出身の平井さんが高校を卒業して最初に就いた仕事は、外資系化粧品メーカーの美容部員。両親を早くに亡くし、親戚の元で育った平井さんは、高校を卒業したら自立し、寮のある会社で働くように言われていた。「本当は美容師になりたかったのですが、諦めました。当時、化粧品会社はけっこう寮が用意されていて、好きな美容に携われるしいいかなと思いました」

 40日間の研修を受けた後、新人はそれぞれ配属先の店頭に立って美容部員の仕事をスタートすることになっていた。ところが平井さんら4人だけは違った。美容部員が常駐しない、郊外の小さな化粧品店やドラッグストアをまとめて担当するチームが新たにつくられることになり、そのメンバーに選ばれたのだ。