40歳のとき「跡継ぎができない」という理由で突きつけられた離婚。前時代的な話だが、それが佐藤千夏さんのアナザー・ステージへの扉が開いた瞬間だった。本来の好奇心と自由な心を取り戻して、さまざまな交流会で出会った人の縁で知識人のマネジメント支援を始める。そして、ある有名俳優との出会いから演劇や映画のPRを手がけるようになり、現在は、世界的に活躍するキャスティング・ディレクターで演出家、奈良橋陽子さんの俳優養成所をサポートする。48歳の今、過去を振り返ってこう思う。「予想外の出来事の連続だったけど、すべて神様が仕組んだことなのかもしれない」と。

(上)40歳で離婚を突きつけられ、単身上京。手探りの再出発 ←今回はココ
(下)俳優・今井雅之さんとの出会い。47歳で、まさかの再婚

 佐藤さんは宮城県の出身。料亭を2軒切り盛りするシングルマザーの母親に育てられた。

 高校時代はモデルになることを夢見て、高校3年生のときには、東京のモデル事務所のオーディションに合格。しかし、いざ上京というとき、母親に病気が見つかって上京を断念する。その後、仙台のモデル事務所に籍を置くもなかなか仕事にありつけず、一般企業に就職して受付と経理業務に就く。およそ4年勤めたころ、実家の料亭を本格的に手伝うことになり退職。23歳から料亭で働き始め、そこで4歳上の元夫と出会い、28歳で結婚した。

28歳で地元企業の社長夫人になるも…

 「元夫は親の代から続く創業50年以上の会社の社長。結婚当初、私は専業主婦でしたが、やがて仕事をサポートすることになりました。経営塾に通って経営を学び、異業種交流会に行って人脈づくりにも励みました。内心では、悠々自適の専業主婦のはずが、なんでこんなことに! と思っていましたよ(苦笑)

企業のマーケティング・プランニング支援を職業とする佐藤千夏さん。「予想外の出来事の連続だった」と半生を振り返る
企業のマーケティング・プランニング支援を職業とする佐藤千夏さん。「予想外の出来事の連続だった」と半生を振り返る

 それでも、徐々に「会社を守らなくちゃいけない」という気持ちが芽生えて責任感が生まれると、心の持ちようが変わっていった。少しでも従業員に受け入れてもらえるようにと、率先して会社のトイレ掃除や草むしりまでするうちに、従業員の態度が変わるのが分かった。

 そんな仕事で忙しい毎日を送っているうちに30代の月日は瞬く間に流れていく。そして40歳を迎えるタイミングで「跡継ぎができない」という理由で元夫から離婚を突きつけられてしまった。