専業主婦として何不自由なく暮らしていた40代の初めに陥った苦境。精神的に追い詰められる中、寂れた神社の境内で突然「天職」に出合った。全く知識のない神道の世界に飛び込み、42歳で神職となった東川(うのかわ)優子さん。47歳で葛木御歳(かつらぎみとし)神社(奈良県御所市)の宮司に就任し、社殿の修復や断絶していた祭事の復活に次々取り組んできた。今や地元だけでなく、インターネットを介して広い地域から支持者が集まる。その超ポジティブな生き方の原動力はいったいどこから?

(上)「神様に呼ばれ」47歳で主婦から宮司 元夫の実家継ぐ ←今回はココ
(下)クラウドファンディングも活用 神社を次の千年に渡す 

 2019年9月22日。奈良県の天気予報は一日中「雨マーク」だった。台風の余波か、御所市は昼すぎから激しい雨。葛木御歳神社ではその日の夕方、新しく完成した「祖霊社」に御霊(みたま)を移す神事が行われる予定で、天候が心配されていた。

 でもその日の朝、同神社の宮司、東川優子さんはフェイスブックにこんな投稿をしていた。

 「予報は雨ですが、大丈夫なハズです(笑)」

 その言葉通り、豪雨は夕方前には上がり、晴れた空に美しい虹がかかった。土台の上に乗る祖霊社のお社は、ちょっとした手違いで作業の予定が遅れていたが無事完成し、その日の午前に到着。すべてが間に合い、神事は滞りなく執り行われた。

 神事に参列するため集まった人たちに、装束姿の東川さんはにこやかに言った。「うちの神さん、いつもこんなふうなんですよ」

9月に完成した祖霊社の神事を終えた東川優子さん
9月に完成した祖霊社の神事を終えた東川優子さん
秋分祭を執り行う東川さん。一つひとつの所作に、りんとした空気が流れる
秋分祭を執り行う東川さん。一つひとつの所作に、りんとした空気が流れる

神社には興味も知識も、関わりもなかった

 今ではすっかり神職が板についているが、もともと神社とゆかりはなかった。

 東川さんは大阪出身。父は多数の店舗を展開する小売業の社長で、東川さんは何不自由なく育った「お嬢様」だった。血縁関係者に神職はいなかったし、実家が神社に関係していたわけでもない。神道に興味や知識があったわけでもなかった。

 奈良女子大学に進学し、環境生物学を専攻。卒業して数年後、縁があって結婚し、専業主婦になった。近くに住む夫の父が、公務員のかたわら、葛木御歳神社の先代の宮司を務めていた。夫は当時、新進の陶芸作家で「神社は継がない」、義父も「息子には継がせない」と早くから決めていたという。他所の宮司に兼務してもらう案もあったが、さまざまな事情があって後継者は不在のままだった。