松江藩御抱え塗師(ぬし)、小島家直系十二代目の漆職人として、漆器の製作や体験教室の運営などに取り組む小島ゆりさん(45歳)。大学を卒業後、会社員として経験を積む小島さんに、職人としての独立を早める大きな転機が訪れる。独立直後に味わった苦い経験を経て小島さんが見つけた、職人として実現したい目標とは?

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「職人だけで食べていくのは無理」は思い込み

 34歳で漆職人として独立することを決意した小島さん。手元にある程度の資金がたまっていたとはいえ、安定した会社員の職を手放すことに不安はなかったのだろうか。小島さんは職場の先輩と交わした何気ない会話が、自分を後押ししたと振り返る。

 「ある日、先輩に『職人だけで食べていくのは無理なんです』と話したら、『無理なの? 何でできないの?』と問われたんです。彼女は私を責めたわけでなく、単純に『何で?』と不思議そうにしていました。そう言われて初めて、『何でできないんだろう?』と立ち止まり、職人一本では食べていけないと思い込んでいた自分に気づきました。その会話がきっかけで、できるかどうかやってみよう! と思うようになったんです」

松江藩御抱え塗師十二代目漆壺斎(しっこさい)継承者の小島ゆりさん。Yuri Kojima 漆 Design代表。東京都内を中心に漆塗り教室やワークショップを開催している。1日体験もあり
松江藩御抱え塗師十二代目漆壺斎(しっこさい)継承者の小島ゆりさん。Yuri Kojima 漆 Design代表。東京都内を中心に漆塗り教室やワークショップを開催している。1日体験もあり

 会社を退職後、2010年にYuri Kojima 漆 Design を設立。百貨店での催事や東京ビッグサイトでのイベントなど、声が掛かった催しにはすべて参加し、作品を知ってもらい、生計を立てていくために小島さんは奔走する。その中で、その後の職人人生を左右する出会いに恵まれた。横田基地内で行われた催事に出店した時のことだ。

 「私を含めて、4人ぐらいのハンドメード作家さんたちが出店されていたのですが、他の皆さんは以前にも出店されたことがある経験者。私だけが初参加の新人でした。

 若い女性に好まれるようなかわいらしい漆細工のアクセサリーを中心とした商品ラインアップで販売に挑んだのですが、売れるどころか、店の前で足を止めてくれる人も皆無という現実を突き付けられたのです」