東京大学に入学して抱いた違和感

 東京大学に合格を果たし、念願の学生生活がスタートするが、大学で美術史の研究を進めるうちに小島さんは思わぬ居心地の悪さを感じるようになる。

 「美術史を研究した人は学芸員になるのがセオリーなんですが、実際に研究を進めると、学芸員と職人は立場が真逆だということに気づいたんです

 学芸員は作品が生まれた背景や時代について調べることを主とする研究者で、職人は研究対象。一方、職人は学芸員のような『歴史背景はこうだった』という視点では作品を見ないんです。職人は、理屈で考えることなく、ただただ感性にまかせるというか……。このことに居心地の悪さを感じて、自分は学芸員にはなれないなと気づきました」

 研究する側よりも、職人の方が自分には向いていることを認識した小島さんは、在学中に2年間、大学卒業後に2年間、十一代目である父のもとで、漆職人の修業を積んでいる。

 「『いざ漆の仕事をやりたいときに、教える人がいなくなってしまっていてはいけないから』という父の助言もあり、このタイミングで父に弟子入りしました」

漆を塗っては乾燥させる。乾燥用の棚は茶箱を使った自作のもの
漆を塗っては乾燥させる。乾燥用の棚は茶箱を使った自作のもの

勤め先の通販会社で自身のブランドを立ち上げる

 研究する側にはならないと決めて修業を開始したものの、大学卒業後そのまま塗師の道に進むことはしなかった。

 「漆職人としての技術を身に付けるための貴重な時間ではありましたが、プライベートも仕事も父と一緒なので当然衝突もありました。このまま父のもとで、職人として働くのは無理だなと思ったんです」

 再び親元を離れることを決意した小島さんは、「ものづくりに携わりたい」という気持ちから、メーカーを中心に就職活動を始め、商品企画からカタログ制作といった幅広い業務に携わることができる通信販売会社であるベルーナに就職を決める。ここで流通や通販の基礎をたたき込まれると同時に、会社と取引のあったメーカーと共同で、自身の名前を冠したバッグブランド「Yuri Kojima」を立ち上げている。