江戸時代初期から380年以上続く家の一人っ子

 小島さんは江戸時代初期から380年以上続く、松江藩御抱え塗師、小島家直系十二代目として島根県松江市に生まれた。

 「十代目である祖父と同居していたので、私がお絵描きをしている目の前で、祖父が漆器の製作に取り組んでいました。生活の中に、漆塗りというものが自然に存在していたんです。でも、漆を美しいと感じるようになったのは、実際に自分が制作に携わるようになってからですね」と幼少期を振り返る。

 そんな小島さんが将来の選択肢として、漆職人になることを初めて意識したのは小学生の頃。

 「実際に職人としてやっていくことの大変さを知っている両親や家族からは、家業を継いでほしいと言われたことは一度もないんです。でも一人っ子だったことや、田舎という環境も手伝って、周りから『跡を継ぐんでしょう?』などと言われることで、いつかは漆職人としてやっていくのかなというイメージを持つようになりました」

「漆職人になることを初めて意識したのは小学生の頃でした」(小島さん)
「漆職人になることを初めて意識したのは小学生の頃でした」(小島さん)

美術教師と漆職人を兼業していた祖父がロールモデル

 小島さんの祖父は、東京芸術大学を卒業後、美術教師と漆職人を兼業し、教師を退職してから、作品作りに専念するというキャリアをたどっている。これは戦前から戦後という不安定な時代の中で、家族を養っていくためには必然とも言える道だった。

 「大学受験を控える頃には、祖父の歩んだ道をモデルに、会社員をやりながら漆にも携わりつつ、定年を迎えた後に漆職人に専念しようというキャリアプランを持っていました。いずれ職人の道に入るとしても、一度は外の世界で社会の仕組みを理解したいと考えていて、家族もそれに賛成でした」

 職人に焦点を絞るのではなく、より広い知見を身に付けたいと考えた小島さんは、東京大学文学部歴史文化学科美術史学を目指すことを決意する。

 「家族や周囲の注目や関心を一身に浴びていたので、実家から出たいという動機も強くあったんです(笑)。『どうせやるならやり切りたい』という性分も手伝って、受験勉強に励みました」

漆を塗るときに使うヘラなどの道具。漆塗りの道具箱は祖父の作品
漆を塗るときに使うヘラなどの道具。漆塗りの道具箱は祖父の作品