夫を支える黒子役から一転、41歳で父の会社を受け継ぎ経営者の道を歩むこととなった葭野一恵さん。下編では、経営者として新たなステージを踏み出した今の姿を追う。

(上)弟の死により家業を継承 夫の反対を押し切り代表就任
(下)大企業のシワ寄せ受けたくない 下請けを断つ代表の計算 ←今回はココ

夫の支えという頼みの綱がなくなった

 「代表就任時は、主要社員4人からの再スタートという状況でしたが、ありがたかったのは、会社には十分なキャッシュがあったことです。事業を継ぐというのは財務を引き継ぐということもありますから。これは本当に父に感謝しています」と話すのは、41歳で父の会社を受け継いだヨシノスペースデベロップメント代表取締役 葭野一恵(よしのひとえ)さん。

 会社を継ごうと思ったとき、経営者としては素人だったが「(別の会社の)経営者である夫に相談しながらなら、私にもなんとかできるかもしれない」と考えた。だが、夫は葭野さんが代表になることに猛反対。それを押し切って代表に就任したので、夫の支えは期待できなくなった。丸腰で挑もうとしていた葭野さんに救いの手を差し伸べたのは、弟のために「採血をしよう」と言ってくれたTOTO時代の上司だった。

 「元上司とは会社を辞めてからも長くお付き合いさせていただいていたんです。当時の私の状況を知った元上司は、『TOTOを退任する社員を紹介する』と言ってくれて、12歳年上のベテランのビジネスマンを送り込んでくれました。その頃リーマン・ショックの影響もあり、取引先もどんどん潰れていっていて、自分だけで経営していくのはとても無理という状況だったので、すごくありがたかったです」

 社員は少なく、景気も悪かったが、孤独になりがちな代表の仕事をサポートしてくれる人材を確保できた。1〜2年しのぐだけだと腹をくくり、3年かけてその苦境を乗り越えたという。「キャッシュがあったので、自信を持ってこの1〜2年をしのごうというジャッジができたんです」

ヨシノスペースデベロップメント代表 葭野一恵さん。「代表就任時は、リーマン・ショックもあり、取引先もどんどん潰れていっていて状況としては最悪でした」
ヨシノスペースデベロップメント代表 葭野一恵さん。「代表就任時は、リーマン・ショックもあり、取引先もどんどん潰れていっていて状況としては最悪でした」