1945年に大分県に生まれた文学少女が、選択肢の少ない時代をさまよいながら、40代でようやく自分らしい生き方を見つけるストーリー。2022年に20周年を迎えた福岡の出版社「書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)」の代表を務める田島安江さんの半生を振り返る。

(上)本好き少女が回り道しながら本作りを仕事にするまで ←今回はココ
(下)57歳で設立 次々と文学賞を受賞し注目の福岡の出版社

食べたいものもないし、服もいらない、本があればいい

 斜陽産業といわれて久しい出版業界で、注目を集める地方出版社がある。福岡を拠点に、詩歌や小説などの文芸書を発行する書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)だ。

 社員数たった8人という小さな出版社にもかかわらず、同社から出版された本からは多くの文学賞が出ている。文学ムック『たべるのがおそい』創刊号に掲載された今村夏子氏の『あひる』は、2017年の河合隼雄物語賞を受賞。芥川賞候補にもなった。

 『たべるのがおそい』といえば、2021年に公開された映画『花束みたいな恋をした』で主演の二人、山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)の好きな本としてたびたび登場する。映画で扱われたのは、もちろん宣伝ではない。

今は終刊してしまった文学ムック『たべるのがおそい』シリーズ
今は終刊してしまった文学ムック『たべるのがおそい』シリーズ

 「なんで登場したかですか。いやぁ、よく分からないんですけど、あちらから突然『使ってもいいですか』と、連絡が来たんですよ。脚本家の坂元裕二さんが書店で見かけたとかで」と、書肆侃侃房代表の田島安江さんは話す。

田島安江
田島安江
たじま やすえ/書肆侃侃房代表取締役。1945年大分県生まれ。地方公務員、フリー校正者、フリーライターを経て、1989年編集プロダクションを設立。2002年出版社「書肆侃侃房」を設立

 田島さんは、書肆侃侃房が注目されているという認識はまったくないと言う。今後も福岡から出るつもりもなければ、大きくしていくつもりもないそうで、「食べたいものがあるわけじゃないし、洋服が欲しいわけじゃない、宝石はいらないし、本作りさえできていれば、それだけでいい」と言うのだ。

 本に対する熱い思いは、少女時代から持ち続けてきたものだ。