真夜中にかかってくる女性読者からの電話

 幼い頃から文章を書き、絵を描くのが大好きだった松本さん。しかし中学生のある日、大人になって社会に出ればもう好きなことばかりはできなくなるという事実に気づく。

 「好きなことを仕事にしたい。『本をつくる人』になりたい」という夢を抱いた14歳の松本さんは、実にユニークな実現方法を考え出した。「夢をかなえる神様」がいると想定して、「本をつくる人になるために必要なこと以外はすべて切り捨て、『できない人』になる」こと。そうすれば神様は見かねて、夢をかなえてくれるはず、という理屈だ。

 淡々と「できないこと」を増やし、好きなことにまい進した松本さんが大学卒業後、2つの職を経て入社したのがサンクチュアリ出版。当時は第2創業期で社員は全員が20代。若者の自己実現のメッセージを強烈に発信する本を多数出版していた。

 「とにかく変わった出版社だったのでメディアにもよく取材されました。新刊が出たら、ファンの人にも呼びかけて全員が同じ本を持ち、山手線の同じ車両に乗って一斉に本を開いて読む。お金がなくて中づり広告は出せないから自分たちが広告になろうという発想でした」

 入社して間もない松本さんは「社長の次に年齢が上だから」という理由で副社長に就任。イベントで地方に出張し、高速道路を飛ばして会社に戻ってから深夜まで会議をしたり、本の制作作業をしたりで会社に泊まり込むことも多かった。そんな時、真夜中に会社に電話がかかってくることが何度かあった。つい電話に出ると、いつも女性の読者からだった。

 「そちらで出している本を読んだのですが、夢から逃げてばかりの自分に価値を見失いました」
 「私は自分のことがどうしても好きになれないので、本の中で自分が好きかと問われて悲しくなってしまった」……。