あと一年と少しで四十歳になる、という一番微妙な時期に揺らいだ。幸せの形はひとつじゃない、多様な幸せのひとつを自分は選んだのだ、好きな仕事ができる、自分の仕事が形になって世に出る、それ以上の幸せはないはずだった。でも、先輩のお見舞いから帰るとき、道路いっぱいに広がって群れる女子中学生の集団や、カフェで聖母のような顔をして傍らのベビーカーの中を覗き込む若い母親の姿や、寄り添って横断歩道を渡る男女の高齢者の姿が、いつもよりはっきりした輪郭で視界に入ってきた。

(C)PIXTA
(C)PIXTA

 なんのために働くのか。それは趣味であり生きがいだから。仕事を取り上げられたら私は死んでしまう。でももし、先輩のように弱り果てて倒れ、病気が発覚して職場復帰ができなくなったら。復帰できても営業に戻れなかったら。配属されたほかの部署から、私は元いた場所を心穏やかに見守れるだろうか。

「そうだ、そろそろ情報解禁なんだけど、今年の夏に弊社、クアラルンプールとバンコクとホーチミンにカフェ出すけん。もし出張とかで行く機会があったら行ってみて。めっちゃ頑張ったから、おたくの会社の人たちにも宣伝しといて。ごめんね、弊社の代理店、御社じゃなくて」

 真緒はバッグからタブレットを取り出してこちらに寄越した。その言葉と行為に私は先輩との会話から意識を戻され、慌てて笑顔を作りタブレットを受け取った。

「……真緒って今こういう仕事しとったと?」

 次ページ → 言いたくないけど私たち四十歳よ