私より二年前に自分のチームを持った先輩がみるみる痩せ衰えてゆき、体重四十キロを切ったころ過労で倒れ、更に精密検査で肝臓がんが発覚し、入院・手術を経て退院したが、その後も職場復帰が叶わなかったのである。

 彼女はクライアントからの信頼も厚く、戻ろうと思えば戻れた。けれど倒れたあとぽっきり心が折れた。

 ――子供が可愛いのよ。産んだままほったらかしてたから忘れてたんだけど、子供って、可愛かったのよ

 退院後、自宅へ見舞いに行ったとき、彼女は憑き物が落ちたような顔をして言った。彼女はテレビ局担当だった。男でも余裕で倒れる。

 ――男の子でしたっけ?

 ――そう。八年間も忘れてたの。このままほったらかしてたらあっという間にすね毛とかヒゲとか生えてきて可愛くなくなっちゃうだろうから、あと少しの可愛い時間を一緒に過ごしたいのよ。

 時短勤務では営業部に戻れない。戻れたとしても今までと同じ企業は担当できない。広告代理店の超過労働による過労死が社会問題になり、最近は夜十時にはビルの照明がすべて消えるようになった。しかしあれは対外的にフロアの照明を落としているだけで、窓のない会議室フロアは朝まで電気がついているし、営業部はお役所担当を除く課のほぼ全員が、暗がりの中で残業している。家に帰る気力もないときは机の上で毛布をかぶって寝ていた。大型連休以外は子供とまともに話す機会もなかったから、と先輩は自嘲気味に言った。その大型連休にも容赦なく電話はかかってくる。

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