夫はその夜、帰ってこなかった。翌日の夜も帰ってこなかった。不安になり種子島の義母に電話をしたら、「あの子いつもフラフラしてるけど帰巣本能だけはちゃんとしてるから大丈夫よ!」と励まされて終わりだった。
そして二日後、彼は帰ってきた。小さな犬を連れて。
犬が子供の代わりになんてなるわけがない。夫の浅はかな考えに情けなくなり、また私は彼を詰ろうとした。しかし残念なことにその犬はめちゃくちゃ可愛かった。両手に収まってしまいそうな小さな犬を「とりあえず抱いてみて」と渡され、ほかほかで柔らかいその生き物が自分の手の中で背中を上下し小さく息をしているのを感じた途端、私は膝をついて泣き崩れた。
――『ジョジョの奇妙な冒険』って漫画に出てくる犬です。
あの失恋のとき以来、という勢いで泣いている私の背を撫でながら、夫はその場においては死ぬほどどうでもいい情報を提供してきた。
――嘘、十巻くらいまでは読んだけど、あの漫画にこんな可愛い犬は出てこない。
――なんてもったいない、ジョジョは三部が一番面白いのに。
犬の名前をイギーにしたい夫と、それだけは阻止したい私との間に小さな攻防はあったが、結果彼女はモエと名付けられ、うちの家族になった。
そのモエも、もう七歳。犬の寿命は残念ながら人間よりもだいぶ短い。
「私、そろそろゴスペルかグリーを習おうと思うの」
ベッドに入り、手をつないで横になり私は言った。
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