――何が幸せかをもう一度考えて。子供ができない怒りを僕にぶつけている今のあなたは幸せ? 僕はあなたに怒られるのは悲しいよ。このままだとあなたのことを嫌いになってしまうかもしれない。でも嫌いにはなりたくないし、できることなら一生添い遂げたいと思ってる。だからあなたは何が幸せなのかをもう一度よく考えて。生きていたら諦めなきゃいけないことだってあるんだよ、それはあなただって判ってるでしょう。

 ――私はもう何も諦めたくないし、子供は絶対にほしいの! 子供ができれば私たちもっと幸せになれるのに、どうして判ってくれないの!? 元はと言えばあなたのせいじゃないの、あなたが協力してくれないから怒るんでしょ!

 結婚したとき、円満な家庭を築くためにいくつかの決まりを設けた。その中のひとつに「何かあっても相手のせいにしない」という項目があった。それを、このとき私は破った。夫は見たこともないほど怖い顔をして、しかし私の投げつけた言葉に何も返さず、静かに生家から出て行った。

 早い人だと四十歳くらいで閉経してしまう。もし自分が「早い人」だったらあと二年しか猶予がなく、ある意味での余命だった。でも、夫が出て行ったあとの、ひとりでは広すぎる家に残された私は、夫の言葉を思い返した。何が幸せか。

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