「どうしたの?」

 チキンカレーを食べながら夫の顔を凝視していたら、食卓に立ててあるタブレットで流れていた映画を観ていた夫は私の視線に気づき、尋ねた。

「うん、幸せだなあと思って」

「どうしたの、いきなり」

「私、あなたと出会ってなかったらどんな人生歩んでたのかなって思ったの」

「カレー食べながら?」

「うん、カレー美味しいです」

 今住んでいる家は、同じ敷地内に夫が仕事をしている事務所がある。元は彼の両親が経営していた建築事務所で、今は夫が事業ごと引き継いでいる。私たちの結婚と同時に義両親(サーファー)は嬉々として引退し種子島に移住した。だから私たちは空いた家を軽くリノベーションし、とくに不自由なく十年以上そこで暮らしてきた。

 彼はプロポーズまでの一年間で、甘ったれた井の中の蛙だった私を生まれ変わらせてくれた。男女の付き合いは本来平等であり、自分のわがままがすべて通るわけではなかった。遅すぎる気づきだったと思う。結婚したあとも働く、という考えがまったくなかった私に、それは仕事が楽しくないからだ、と彼は説いた。

 ――あなたの年齢と経歴だと、他社への転職は正直難しい。だから社内で興味を持てる部署を見つけて、異動願いを出してみるといいよ。通らなかったらお祖父ちゃんに圧力でもかけてもらえば良いから。

 ――あなたはそういう不正を許さないタイプだと思ってたんだけど。

 ――不正が将来的に正しいことになるなら見逃します。それにこっちの業界もいろいろあるからね。正しいことだけやってたらどこの業界も潰れますよ。

 なんだかきなくさいことを言われた気がしたが、私もこれは見逃してあげた。

文/宮木あや子 イラスト/PIXTA