――仕事辞めて何する予定だったの?
――専業主婦になって子供を育てる予定でした。
――もし子供が生まれなかったら? 配偶者が病気で働けなくなったら? そう思ったことはない?
――……あるけど、親もまだ元気だし、なんとかなるかなって。
――ならないよ、ていうか、親まかせでなんとかしちゃだめだよ。ヒロミさん、もう三十歳過ぎてるんだから、なんとかしなきゃいけないのは自分のこれからのことですよ。
彼は三歳年上の三十五歳だった。少し年上なだけの彼の言葉は、厳しいながらも不思議と、まっすぐに私の心まで届いた。
彼はその後、ゲームのように様々なミッションを私に課した。元彼が好きだったアメコミの映画を観てみること。ひとりで牛丼屋やラーメン屋に入ってみること。CDショップや本屋で、今まで自分の興味のなかったジャンルのものを買ってみること。次のデートで証拠の写真を見せると、彼はご褒美にスタンプをくれた。スタンプを押してくれた、ではなく、自分で消しゴムを彫ったスタンプを、ミッションをクリアするごとにひとつずつくれた。友人たちは、プレゼントが消しゴムとかありえない、とか、それは洗脳だから早く離れたほうが良い、とかいろいろ助言をしてくれたが、私は増えてゆく消しゴムのプレゼントが嬉しかったし、もし洗脳されているのだとしても、私の世界は確実に広がっており、良い洗脳のほうだと思っていた。
車の免許を取ること、のミッションをクリアしたころ、プロポーズされた。付き合ってるのか付き合ってないのか判らないデートを始めてちょうど一年経った日だった。
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