ヒロミ
45歳
鉄道会社の企画事業部で働く
東京出身
夫とボストンテリアのモエと3人暮らし

 別れた恋人とは十二年付き合っていた。当然結婚するものだと思っていた。しかし私は三十一歳で振られた。抜け殻のようになった私の代わりに、友人たちが怒ってくれたが、一年以上引きずった。

 ――ヒロミはこの先も、人と一緒に暮らすことはできないと思う。

 私のもとを去っていくとき、彼は言った。

 ――俺はヒロミの言いなりになる家来じゃなくて、対等な立場の人間だっていつか理解してもらえると思って待ってた。でも俺が何を言ってもヒロミは聞こうとしなかったよね。このままだと、いずれみんな去っていくよ。

(C)PIXTA
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 最初は彼の言葉について深く考えたりはしなかった。しかし夫となる男とあの映画館で出会ってから、徐々に判っていった。私とかつての恋人は、たしかに対等な関係じゃなかった。デートは私が行きたいところ、食べたいもの、観たいもの。私は歌と美術が好きだったので、よくコンサートや美術館に連れて行ってた。彼も付き合ってくれていた。しかし私は彼が好きなものや興味のあるものに一切の興味を示してこなかった。価値がぜんぜん判らない子汚いジーンズやアメコミのフィギュアや限定品のスニーカーとやらに何万円も使うのが十年以上ずっと理解できなかったし、部屋にスニーカーやフィギュアが増えるたびに「また無駄遣いをして」と不愉快な気持ちをぶつけてきた。自分が正しいと信じて疑わなかった。だって私は女だから。わがままを言っても許されるはずの女だったから。

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