朝、三十分の英会話を終えて弁当と朝食の支度をする。今日は私も社内で食べられるから弁当は三個だ。おかずの作り置きが切れたので、冷凍食品に頼る。

 「あれ、モンゴルから来た人はもう帰ったの?」

 酒の抜けていなそうな浮腫み切った顔で食卓に着いた夫が、みっつ並んだ弁当箱を見て訊いてくる。

 「うん、昨日お帰りになった」

 「え、ママ、モンゴル人と仕事してんの? モンゴル語で本のことブクブクって言うって本当?」

 「知らないよ、本当にどこでそういう情報を仕入れるのよ、早く食べなさいよ」

 「はいよー」

 娘と夫を送り出し、最後に家を出る。春の気配は感じるが外はまだ寒く、よく晴れていた。駅へ向かう坂道の途中、遠くに横浜港が見える場所がある。歩みを緩めてそちらを見遣る。海の向こうには若いころ初めて自由を得た国がある。あの夢の国で働きたかった。でも勇気がなくて踏み出せなかった。娘が二十歳になるまであと四年。そのころ私は五十二歳。まだ、行けるかもしれない。

文/宮木あや子