子供は自分とは別の生き物である、と念頭に置いて育ててきたが、本当に別の生き物だなとこういうときに思う。サバイバル研究会に入ったと聞いたときもそうだ。どこで何を観てどんなきっかけで「電飾作る人」になりたいと思ったのか。しかし今回ばかりは大学には行っておきなさいと説得するべきなんじゃなかろうか。

 「ママは大学行って良かったと思ってる? なんのために行ったの?」

 食べ終えたピザの箱を潰していたら、訊かれた。

 「ばあばからとは違う生き方をするため」

 好きな勉強をするため、とか将来のため、とかそういう答えは今の彼女には響かないだろうな、と判断し、私は正直に答える。

 「ああ、なんか、判る。ばあばって、ママと全然違うタイプだし、押しが強いよね」

 「え、美結もそんなふうに思う?」

 「うん。行ったら朝から晩まで休みなくずっと食べさせられるじゃん。もう食べられないって言っても際限なく食ベさせられるじゃん。フォアグラじゃないっつーの」

 笑ってしまった。言いたいことは判るがフォアグラは「結果」で、言いたいことの正解は鴨だ。

 一度も働いた経験のない専業主婦だった私の母は、トラディショナルな「完璧な母親」だった。化学調味料を一切使用しない食事はもちろんおやつも服もすべて手作りで、学校行事や地域行事の実行委員も率先して引き受け、習い事にも必ずついてくる。私にとって害悪になりそうなものは先回りして芽も出ないうちに根っこから引き抜いた。成長するにつれて私の息苦しさは増してゆき、長い話し合いの末、彼女の生きがいのすべてである私が大学進学をきっかけに東京に出られたこと、一年間アメリカに留学できたことはある種の奇跡である。

(C)PIXTA

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