三人で食卓を囲み、いただきますを言ってからご飯を食べる。約十五分の朝食を終え、夫は食器を食洗器に、私は寝室に戻りドレッサーで化粧をし、美結は歯を磨いたあと私たちよりも早く家を出る。

「今日は早く帰れるんだっけ?」

 コートを取りに寝室に戻って来た夫が尋ねた。

「遅い。モンゴルから人が来るの。会食があるってカレンダーに書いたはずよ。夜は美結と適当に食べてくれる?」

「はーい。頑張ってきてね」

 夫はクローゼットから黒いメルトンのコートを取り出し、部屋を出て行った。家は横浜の東横沿線にあり、私の勤め先は信濃町、夫はみなとみらい。しかし夫のほうが早く出かけて私のほうが遅いのは、夫は九時始まりの日本企業、私がフレックスタイム制の外資系企業に勤めているからだ。ただ、今日は信濃町ではなく十時半に東京駅の貸し会議室、その後成田に十三時半に着けば良いのでいつもより少し余裕がある。AP戦略チームに配属されてから、初めて任された海外折衝だ。半年間の早朝英会話を欠かさなかった成果を発揮できるかどうか。いつもより色の濃い口紅を引いたあと、私もコートを羽織った。



 私が学生だったころはまだ「クリスマスケーキ」とかいう言葉が年寄りたちのあいだで当たり前に使われており、二十九での結婚、三十二歳での出産は実家の長野では遅いほうだった。

 次ページ → 人の親にはなりたい。仕事もしたい