ヒロミ
45歳
鉄道会社の企画事業部で働く
東京出身
夫とボストンテリアのモエと3人暮らし

 JR中央線快速は通常、東京駅から高尾駅までを東西一直線に結ぶ。下り電車の始発駅は東京なので、東京から帰宅するときは二本くらい待てば必ず座れる。ただし、時々高尾を通り越して山梨や長野まで行く電車もあり、寝過ごすと悲惨である。五年くらい前に一度だけ、終電間際の中央線で猿橋まで行ってしまったことがあった。夫は家で飲酒しており、タクシー代よりも宿泊費のほうが安かったため、仕方なく泊まった。

 勤務先は私鉄の企画事業部なので、JR沿線に住んでいる私は時々、社内の人にふざけて敵国民扱いされる。もともとはちゃんと勤務先の沿線の駅周辺に住んでいた。十二年前に結婚して、中央線沿線に引っ越した。以来ずっと住んでいる西荻窪は住みやすくて良い街だが、休日は快速が止まらないのが腑に落ちない。

 駅の構内からは、私が学生だったころと変わらず今も青春の象徴であるJRスキーのポスターが撤去され、全国各地の桜の名所を紹介する春めいたポスターに貼り替えられていた。他社ながら、JRが貼り出す四季折々の観光ポスターは秀逸だ。昨年終わりに大展開された北陸の「かに襲来」も、勢いと説得力が凄まじかった。まんまと策にはまり、かにを食べるためだけに富山まで行ってしまった。ついでに本場の富山ブラックも食べてきたのだが、脳天を貫くしょっぱさに、夫は半分以上残した。あれのあとに普通の塩ラーメンを食べたら、多分お湯の味しかしないだろう。

 「今年は桜を観に、那須塩原に行きませんか?」

 帰宅したら、既に仕事と食事を終えた夫がリビングのソファでテレビを見ながら洗濯物を畳んでいた。私は後ろから夫の頭をハグしつつ、腕を伸ばして夫の横に寝そべっているちょっと太り気味のボストンテリアのつるつるした頭もなでつつ、デートプランを提案する。

 「あなたは、他社のポスターの戦略に踊らされ過ぎですよ。おかえり」

 「ただいま。おなかがすきました」

 「チキンカレー作ったけど、食べる?」

 「うん、ありがとう」

(C)PIXTA
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