終盤、死に瀕した主人公の指揮者は、忌まわしい思い出の象徴である麦畑の中に、少年だったころの自分を眺める。泣いているであろう少年を、手を伸ばし抱きしめる。

 涙が溢れた。去っていった恋人との間には、宝物のような思い出も思い出したくもない醜い衝突もあった。泣いたり笑ったり忙しかった過去の自分を思う存分抱きしめた後、私も彼女を、歌にのせて広大な麦畑に捨てた、指揮者と同じように。さようなら、長過ぎた恋愛。

(C)PIXTA
(C)PIXTA

 遠泳をしたあとのような痛いほどの疲労と達成感に、エンドロールが途切れ場内が明るくなったあとも私はしばらく席から立てなかった。いろいろ捨てたぶん身体が軽い。でも、立てない。

 ――大丈夫ですか?

 次ページ → みっつ離れた席に座っていた男が