安定したポジションも地位もあるのに、新しい一歩を踏み出したARIA世代の起業家に話を聞くこの連載。科学技術の最先端を走るAI(人工知能)の世界で数少ない女性起業家として注目を集めているバオバブの代表取締役、相良美織さん。専門的な教育のバックグラウンドを持たない中で、何を武器にAIの世界で戦っているのか。秘密は、世界22カ国800人の在宅ワーカーとのコミュニケーションにありました。

(上)お茶くみOLから最先端AI業界で創業 波乱のキャリア
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起業した翌年、開店休業して研究施設で学び直し

―― 日進月歩のAIの業界で、起業してからどうやって専門的な知識や情報を身に付けていったんですか?

相良美織さん(以下、敬称略) 実は起業した翌年から、ご縁があった国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)にフルタイムで勤務し、いろいろな研究に携わりました。会社を立ち上げてすぐだったので、とても勇気がいりましたが。会社の業務量を減らし、私自身も東京から京都に引っ越して、けいはんな学研都市にあるNICTに3年間、通ったんです。

 研究所での業務は今までとは全く違う畑。「あの人、M.D.(博士号)も取ってないんでしょ」などおっしゃる方もいましたが、新しいことを吸収するのは大変楽しかったですね。そのときのワクワクするような感じは今も続いています。数学や情報工学などの専門的なバックグラウンドが私にはないので根本から理解することはできませんが、先生方が話すことを琵琶法師のように聞いたまま覚えてしゃべることは上手になりました(笑)。実際のところ、私たちの会社はAIモデルそのものではなく、AIに学習させる元データをつくることに特化していますが、NICTでの経験は全体の概要や仕組みを学ぶのに、とても役立ちました。また、NICTの先生方とはもちろん、そこで培ったアカデミックでの繋がりは今も宝ですね。

バオバブ代表取締役、相良美織さん。「これまで出会ったことのないような博士くんたちに囲まれた研究者生活は驚きと発見に溢れていました。みなさんよくしてくださって楽しかった」
バオバブ代表取締役、相良美織さん。「これまで出会ったことのないような博士くんたちに囲まれた研究者生活は驚きと発見に溢れていました。みなさんよくしてくださって楽しかった」

―― AIに学習させるデータをつくるという、現在本業となっている事業を本格的に拡大されたのはいつですか?

相良 2015年です。これは第2の創業といえる大きな出来事でしたね。それまでは機械翻訳の学習データなど自然言語処理(NLP)を中心にやっていたのですが、そのころ一緒に仕事をしていたプリファードインフラストラクチャー(PFI)というベンチャー企業が新たにディープラーニング事業を中心とした会社(PFN)を立ち上げることになり、「相良さんのところでアノテーションできる?」って声をかけてくれたんです。アノテーションとは、テキストや画像にタグ付けする仕事です。