気がついたら家に帰って猫を抱いていた

渡辺 会社を立ち上げて2年目のころ、取引先が倒産したんです。忘れもしない、1月31日に売り上げ債権を回収する予定だったのですが、その前日に派遣スタッフの一人が「もう明日から会社行かない」と電話をしてきたんです。「なぜ? まだ契約の途中だから困るよ」と言ったら、「そうじゃない、工場長がもう終わりだと言った」って。

 驚いて調べたら、明日、倒産するらしいことが分かりました。実損は200万~300万円でしたが、お金をかき集めて起業したばかりでしたから、本当にどうなるか予想できなくて。そのとき初めて中小企業の社長が200万、300万円のお金で自殺してしまう気持ちが分かりました。お金の額じゃなくて、気持ちが負けてしまうんですよね。「みんなになんて説明しよう」「今までの苦労が無駄になった」とか。いろいろな不安に押しつぶされる。

 私も、気がついたら家に帰って猫を抱きながら体育座りしていました。ずっと考えていたら、ふとドラマのシーンのように、「倒産」という張り紙の前に社員がたくさん集まっている絵が浮かんだ。「そうだ!」と思って、翌朝一番で名刺とパンフレットを持って倒産した会社に行ったんです。

 会社の前には案の定、社員の方がいっぱい集まっていました。その全員に「明日からでもうちに来てください! 派遣の仕事がありますから」と言って名刺を配ったんです。うちは外国人の派遣をメインにしていましたが、日本人の派遣のほうが営業しやすく、派遣先もすぐ決まる。だから、こんなにたくさん入ってくれたら即戦力だし、半年もたてばマイナスが返せる……そう考え始めたら、急にテンションが上がったんですよね。状況は何も変わってないのに。

 実際はそんなにうまくいきませんでしたが、気持ちが前向きになったことで、困難な状況もなんとか乗り越えられました。そのときから、「今起こってないことは心配しない」「起こっていても気持ちが負けなければ何とかなる」と、考えられるようになりました。それが最初のターニングポイントですね。マイナスからのスタートだったので、大きな利益は出なくても業績はずっと右肩上がりでした。

Q.経営者として心掛けていることは?
Q.経営者として心掛けていることは?
A.「今、起こってない事は心配しない」。気持ちが負けなければ、どんな困難も乗り越えられると思える強さが身に付きました。

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取材・文/竹下順子(日経xwoman ARIA) 撮影/洞澤佐智子

渡辺郁
アンサーノックス代表取締役
わたなべ・かおり/1970年生まれ。大手人材派遣会社に入社して人材派遣の新規開拓営業、労務管理等に携わる。その後、エアライン系派遣会社の事業立ち上げ、アウトプレースメント業界を経て山梨に戻り、2008年、製造業への外国人派遣を主要事業とするアンサーノックスを設立。18年、企業主導型保育園「アンサーキッズ」を開園、経済産業省主催 平成30年度「新・ダイバーシティ経営企業100選」受賞。山梨大学ウーマンズコミュニティープログラムのコーディネーター兼講師