安定も、確かな地位もあるのに新しい一歩を踏み出したARIA世代の起業家にお話を聞くこの連載。IBM、GEといった超一流のグローバル企業で花形の要職を経た後、創業したてのヘルスケア分野のベンチャー企業4U Lifecareに第3の創業メンバーとして参加した伊藤久美さん。大学時代は本気でジャズシンガーになりたかったという伊藤さんは、キャリアを築くまでに専業主婦、契約社員と多様な立場を経験して、それが今のビジネスに生きているといいます。

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伊藤久美 外資を辞めて1年間休むはずが創業メンバーに

Q ベンチャー企業で働くことは学生時代から考えていた?

―― 今の20代、30代はベンチャー企業で働きたいと考える人も多いですが、伊藤さんも学生の頃からそういうキャリアを描いていましたか?

伊藤久美さん(以下、敬称略) 大学時代は就職することすら考えていませんでした。大学には通っていたけれど、ジャズのサークル活動に夢中だった毎日。プロのジャズシンガーを本気で目指していたんです。でも、いざ卒業というときに、「新卒採用のチャンスは一度きりしかない」という周囲のアドバイスを受けて採用試験を受け、運よくソニーに入社できました。

4U Lifecare代表取締役社長の伊藤久美さんは、ジャズのボーカリストとしての活動をずっと続けている。「子どもが小さい頃は、会社員兼ベーシストの夫とライブの日程を調整するために『先にカレンダーに書き込んだ人を優先』というルールを作りました」

伊藤 私がソニーに入社した1987年は、男女雇用機会均等法が施行された直後で、会社も多様な人材を採用し始めていました。それまでソニーが採用していた4大卒の女子は、海外事業要員で英語が堪能な人がほとんど。そんな会社に、受験英語の読み書きはできてもヒアリングは全くダメという私が入ってきたものですから、実際の配属先には困ったようで、当時の経営企画室の室長が引き取ってくれたそうです。

 配属後は、室長が「経営企画室にある本をどれでも読んでいい」と言ってくれて、もともと読書好きだった私は、フィリップ・コトラーやゲイリー・ハメルなど、経営関連の本を読みあさるうちに、マーケティングに興味が湧いてきました。「需要予測やユーザー調査をやってみたい」と室長に直訴すると、あっさり「やってごらん」と。ユーザーに受けるデザインについて多変量解析を用いて提案したり、オーディオテープの消費分析などを自由にやらせてもらい、仕事が楽しくなりました。どんどんチャンスを与えてくれた当時の上司には、本当に感謝しています。

―― 仕事に目覚めた伊藤さんには、何か「学び」のコツがありましたか?

伊藤 マーケティングの知識は実務を通じて覚えていったのですが、仕事を進める上で、やはり英語力がネックでした。海外拠点とのやりとりも出てきたのに、聞くのも話すのもダメなまま。海外からの電話が聞き取れず、間違い電話のふりをして切ったり、外線電話がかかってくると席を離れたりと、社会人としてあるまじき対応でやり過ごしていました。