安定も、確かな収入もあるのに新しい一歩を踏み出したARIA世代の起業家に話を聞くこの連載。総務省、日立製作所を経て、外資系ベンチャーの日本支社代表として働いていた鎌倉千恵美さんは、41歳のとき、医療分野で文書管理のクラウドサービスを提供する「アガサ」を立ち上げました。その起業のきっかけとなったのは想定外の出来事でした。

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病院の会議室に積まれた紙の山に驚いた

―― 起業前に日本支社代表を務めていた米国ベンチャーのネクストドックス社は、医療分野で文書管理システムを提供する企業でしたね。クラウドサービスを使うアガサの前身となる事業だったと思いますが、そのビジネスに出合ったきっかけはどんなことでしたか?

鎌倉千恵美さん(以下、敬称略) 15年くらい前、まだ30代前半のころですが、当時、日立製作所で医療分野の新規事業開発を担当していました。仕事で日立総合病院を訪問したら、会議室のテーブルに紙の資料が山積みされていたんです。聞くと、それはすべて製薬会社から送られてきた治験の資料でした。「最先端の研究現場でこんなに紙を使っているのか」と驚いて。これをIT技術で解決したい、と考えたのが最初です。

「日本では治験の事務手続きが本当に大変なんです」とアガサ代表取締役社長、鎌倉千恵美さん
「日本では治験の事務手続きが本当に大変なんです」とアガサ代表取締役社長、鎌倉千恵美さん

鎌倉 新薬開発の治験のために病院と製薬会社の間で大量の紙書類が使われていて、大きな病院になると2トントラック1杯分にもなるんです。医療向けの文書管理サービスは日立製作所にもありましたが、当時の技術ではシステム構築に約2億円かかるため、大手の製薬会社しか使えません。

―― 米ネクストドックス社は治験にまつわる資料の文書管理システムを提供する会社だったんですね。

鎌倉 そうです。同社のサービス導入コストは約5000万円でしたが、2億円と比べれば破格ですよね。「これなら売れる」と思い、仕事でお付き合いのあった米ネクストドックスの社長に直接交渉して、日本支社を設立していただき、私は日立製作所を退職してその代表になりました。それでも1病院が買うには高額なので、もう少し低コストにできないかと。病院の現状を見ていたので、ニーズはあるのにと思っていたんですよね。

 ところが支社設立の4年後、突然米国本社が買収されて、日本支社はクローズすることになったんです。

―― 日本で顧客や社員を抱えていた鎌倉さんは大変だったでしょうね。