ワークライフバランスが声高に叫ばれる現在、一方では仕事そのものを面白がって「遊ぶように働く」人たちも現れています。リサーチャーとしてのキャリアを積んだ川内有緒さんは、国連に職を得て32歳のときにパリへ。しかし5年半たったときに、大変な倍率を突破して得た正規職員のポストも、あと20年勤めれば得られる高額の年金も手放して、経済的な安定が約束されないノンフィクションライターの道を選びます。彼女が従った、自分の「心の声」とは?

このポジションで頑張ることに希望が持てない

―― 現在フリーランスの書き手として、雑誌の記事や本を執筆している川内さん。SNSや、クリエイターと読者をつなぐサイトのnoteには、日常のこと、旅先でのこと、DIYで山梨に小屋を建てていることなどをこまめに記して、なんだかとても楽しそうです。

川内有緒さん(以下、敬称略) ライターは、旅でもちょっとした日常でも、すべての体験が表現の基になり、手段になります。いろんなことを経験して、いろんな風に楽しんでいるうちに、どうしても書きたいことや伝えたいことが見つかっていく。そう思えてから、すごく積極的に遊べるようになりました。面白かったことは忘れないように、メモ代わりにSNSやnoteに何でも書いておくと、連載や本など次の形につながったりします。

ノンフィクション作家の川内有緒さん。有緒はペンネームで、「自分の中にあるものから始める」という意味でつけたという

―― ライターとしての一歩を踏み出して約10年。その前は、1000倍とも2000倍ともいわれる倍率を突破して、公募枠から国連機関に正規職員のポストを得て働いていました。著書『パリの国連で夢を食う。』に詳しいですが、職場は終業時間が守られて有休も取りやすく、ワークライフバランスが取れて魅力的。一方で、物事の決定に驚くほど時間がかかったり、仕事の目的が曖昧だったりして、川内さんが我慢や妥協を重ねる姿が描かれます。

川内 勤めてから最初の3~4年は、とにかく国連での仕事のやり方を学ぶことに一生懸命でしたが、後の2年くらいはそんなふうに我慢や妥協があったでしょうか。

 誤解しないでほしいんですけど、国連などの国際機関にいる人みんなが妥協をしたり、仮面をかぶって生きているわけではないんです。巨大な官僚組織の中でも、自分に合ったプロジェクトに従事して、使命感を持って素晴らしいパフォーマンスを上げている人もたくさんいる。

 ただ、私の場合は開発途上国での現場の仕事が性に合っているのに、組織の本部の仕事に就いたため現場になかなか行けなかった。仕事の内容はとても官僚的。時間がたつほどに、この先ずっとこのポジションで頑張り続けていくことに希望が持てなくなってしまったんです。そもそもパリという街、フランスという国自体が極めて官僚的で、家を借りるにも銀行口座を開くにもカフェで頼んだ水を待つにも、何をするにも忍耐を強いられるという背景もありましたね。

 いら立ちを抱えていた私は、パリで自由に自分を表現しているアーティストたちから刺激を受けて、自分も何か表現したいという気持ちが徐々に強まっていったのだと思います。