女性の総合職採用2期生として野村證券に入社し、2014年に銀行業界で女性初のトップに就任した野村信託銀行の鳥海智絵氏。ビジネスの現場を長く歩んできたため、経営を意識したことはなかったという。新人の頃から一貫していた仕事への姿勢や、女性がきちんと評価され、かつ抜擢の機会を逃さないための振る舞い方、女性を含む多様な人材の登用を促すために必要なことについて聞いた。

30代後半で“エリートポジション”の社長秘書に ビジネスの現場から経営側への異動が転機に

――2014年、鳥海さんが銀行で女性初のトップに就任されたというニュースは、私たち働く女性を大いに勇気づけるものでした。最初にポストの打診があった時はどのような心境でしたか。

鳥海社長(以下、鳥海)  びっくりはしましたが、それは女性だからということよりも、まだ40代後半の私に話が来たという意味での驚きでした。前任が7歳くらい年上の男性で、過去にも大体それくらいの年次の方が就くポジションだったんです。

 当時の私は野村ホールディングスの経営企画担当役員としてグループ全体の経営を見渡し、銀行というビジネスを含めていろいろな議論をしていましたので、「じゃあ自分でやってみなさい」となったのではないかと思いました。

鳥海 智絵(とりうみ・ちえ)
野村信託銀行執行役社長

早稲田大学法学部卒業後、1989年野村証券入社。96年、米スタンフォード大学経営大学院修了。2010年野村ホールディングス経営企画部長、11年グループ・シニア・マネージング・ディレクターを経て、12年に執行役員就任。14年から現職。

――キャリアの転機はいつだったと思いますか。

鳥海 最初の転機は2005年に社長秘書になったことだと思います。それまではずっとビジネスの現場にいて、経営には興味も縁もありませんでした。

 秘書というのは自分が何かの意思決定に関わるわけではないですが、社長が必要としそうなことを下調べしたり、どんな人と会っているのかを横で見たりする機会があります。トップがどのようにものを考え、発信し、外の世界と付き合っているかということが分かったのは非常に大きかったです。

――企業の中には「このポストに就いた人はいずれ役員になる」ということがあったりするようですが、御社ではどうでしょうか。

鳥海 社長秘書を経験してから役員になった人が多いのは事実です。

 私は社内で「女性初」というのがあまりなくて、総合職入社も2期生、海外留学も3人目くらいだったのですが、女性の社長秘書は初めてでした。いわゆる“男性社会のエリートポジション”に女性が就くことへの疑問の声はけっこうあって、就任の挨拶で役員のところを回った時に、「何で女が社長秘書をやるんだ」と面と向かって言われたりもしました。

――その時はどう切り返したのですか?

鳥海 「そうですね」と笑って受け流しました。みんな多かれ少なかれそう思っているだろうし、はっきり言われたほうがむしろすっきりするなと思ったんです。自分がなりたいと言ったわけでもないし、とやかく言われようが別に関係ないと、ある種開き直っていました。ただこの時は1年半でまた野村の経営とは無縁なビジネスの現場に戻ったので、その先のポストを意識することもありませんでした。

 その後2008年にリーマン・ショックが起き、当時投資銀行部門にいた私は野村ホールディングスの大規模な公募増資に携わることになりました。野村證券としてプレゼンテーションを行う形で、再び野村ホールディングスの経営陣と相まみえる機会がやってきた。これが2回目の転機でした。

トップとして心がけているのは物事を俯瞰すること プロセスをマネジメントするスキルが大事

――現在は野村ホールディングスの執行役員で、かつ野村信託銀行の社長でもあるというお立場ですが、両者の役割や意識する点にどんな違いがあるでしょうか。

鳥海 野村ホールディングスの経営陣の中で執行役員として話をする時は、野村信託銀行の利益代表として、ある種の「個別最適」に軸足を置き、グループの銀行ビジネスをどう考えるかという点に集中して話をする立場になります。逆に野村信託銀行で社長として話す時には、社員に「全体最適」ということを強く意識させるようにしています。なぜなら、我々は野村信託銀行のために仕事をしているわけではなく、野村ホールディングスのステークホルダーである株主やお客様、従業員のため、広く言えば社会に対して、野村グループとして金融という業を通じて資本市場の発展に貢献するために仕事をしているからです。

――トップとして心がけていることは何でしょうか。

鳥海 みなさんおっしゃることだと思いますが、物事を俯瞰することです。

 社長になってからよく思い出すのが、小学6年生の時に通っていた塾の女性経営者に言われた「女性は物事を大きくとらえるのが不得意だけれど、大人になったら『大きな視点で物事の全体を見渡す』ということを思い出してほしい」という言葉です。その時に「たぶん今は何のことを言っているか分からないと思うけれど、大人になったら思い出してほしい」と言われたことがすごく印象に残っています。

 また、人の話をよく聞いて、それが意見なのか事実なのかを峻別すること。そして、自分でできることとできないことを自覚することも大切です。

――さらにお伺いします。経営トップに必要なマインドセットやスキルは何だと思いますか。

鳥海 組織を動かす時には2つのスタイルがあると思っていて、一つは経験に基づいてマネジメントを行うケース。これは経営トップというよりはもう少し下の役職かもしれませんが、自分に何かスペシャリティがあって、その経験に基づいてジャッジをするというものです。

 もう一つはプロセスに基づいてマネジメントする方法です。例えば、何かビジネスをやる時にはメリット、デメリット、リスクがあって、短期、中期、長期の場合でそれぞれどうなるかを整理します。それを自社の環境やリソースと照らし合わせて、最大のリスクは何か、それは取れるリスクなのか、というのを当てはめていく。トップになるといろんな分野について判断をするわけですから、すべてを経験に基づいて判断することはまず無理ですが、こういった思考のフレームを持つことで、経験がないことでもある程度の判断が可能になります。

 野村証券の社員アンケートを見ても、女性の方が「やったことがないから無理」と考える人は多いんです。でも、プロセスに基づいてマネジメントするのであれば意思決定はできます。「過去がこうだったから○○だ」ではなくて、「整理すると〇〇だと考えられる」というふうに判断していく癖をつけるといいのではないかなと思います。

――日本における女性役員数の政府目標は4000人ですが、まだ1500人ほどしかいない状況です。女性役員登用を促進するためには何が必要だと思われますか。

鳥海 ひとつ挙げるとすれば、人事部にダイバーシティを持たせるべきだと思います。ビジネス戦略などは当然経営が考えるにしても、社員から見た「会社がこう言っている」というのは大抵人事の意思であることが多いものです。ほかの会社のトップの方とお話ししていても、みなさん「俺がやれと言っても、人事がダメって言うんだよ」みたいなことをけっこうおっしゃいます。

 私の経験に戻ると、女性が社長秘書になったのはそれまでの流れでは考えられない人事でした。それは性別だけでなく、社長秘書は基本的に営業ができる人が行くポジションで、ずっと本社勤務だった私が就いたことは、それまでの伝統的な人事部の考え方では珍しいことでした。

 人事部は往々にして「入社〇年目にならないと課長にはなれない」「まだ年齢が達していない」などと考えがちですが、これは男性中心の、新卒一括採用・終身雇用を背景とした仕組みではないでしょうか。もちろんトップのコミットメントが一番重要だと思いますが、人事が旧来の発想のままでは、女性に限らず多様な方に活躍してもらう上での変化は生まれないと思います。