女性自身の意識改革こそが、女性活躍に不可欠

――日本の企業で女性の役員が増えるためには、何が必要でしょうか。

柄澤 一つは規制の緩和やフレキシブルな雇用契約でしょう。育児や介護で一度会社を辞めた人がまた戻ってこられるというフレキシブルな労働環境は作っていく必要があります。 もう一つは情報開示。透明性ですね。経営情報などを広く開示することが大切です。一昔前は男性中心で限られた人だけに情報が開示され、女性は知らないままになっていたこともありましたが、女性活躍を考えるならもっと情報開示をしていくべきでしょう。

 3つめはイノベーションです。パナソニック創業者の松下幸之助さんの言葉で「5%のコストダウンを図るより、30%下げるほうが容易な場合がある」というものがあります。5%だとそれまでの延長線上で考えがちだが、30%ともなれば、もはや根本的に発想を転換せざるを得ず、まったく新しい発想が生まれる可能性があるからです。女性活躍もこのぐらいの意識がないとイノベーションにはなりませんね。

――小手先の改革ではダメだということですね。

柄澤 はい。それと自分自身の問題と環境の問題、他人の問題があると思います。

 自分自身の問題というのは、今は「リーダーになりたくない」という女性がほとんどですが、彼女たちのリーダー像が固定化していて、「リーダーになったら男性と同じようにやらなくてはいけない」「24時間働くことをいとわないような人にならないといけない」と思っています。そうではなくて、もっと多様なリーダー像があるのだから、「リーダーになりたくない」という自らの意識を変革することも大切なのではと思います。

 他人の問題でいうと、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を変えていくことですね。これは男性管理職の意識改革やアサイメント力に出てくるところです。昇進、異動において、男性はポテンシャルを評価されるのに、女性は実績ばかり評価され、「彼女は経験ないからね」などと言われてしまう。もっとトレーニング、決断の訓練を与えていく必要があると思います。

 さらに、ロールモデルをいくつも作っていかなくてはいけません。男性はいろんな成功例、失敗例のロールモデルがありますが、女性も成功例だけでなく、「ああやるとダメなんだな」という失敗のモデルも必要です。

――ところで、管理職と役員の違いは何でしょうか。また役員になるために必要なコンピタンスを教えてください。

柄澤 役員は「将来を見て」それに向けた仕事がメインになるのが管理職との大きな違いでしょう。現実の仕事のオペレーションよりも、将来を見ることが役員の仕事の醍醐味ですね。もう一つは意思決定権が相当大きいということです。

 意思決定において重要なのは、「全員が賛成するような状況は手遅れだ」という感覚を持つことですね。20人いて20人が「そうですね」と言うようなことは、将来のことを考えたらもう手遅れなんです。反対があって当たり前、「だから私はこうするんだ」という意見がないと。その場合のリスクを最低限に抑えるために、いろんな情報を仕入れ、道を間違えたら次善の策をやっていく、そんな意思決定が必要です。

 リーダーのコンピタンスには4つあります。1つは自らの価値観をしっかり持つということ。2番目は洞察力。それにはいろいろな世界の人と会って、勉強することです。書物にある答えではなくて、自らの経験から考え、自分自身の洞察力からくるものではなくてはいけません。3つ目は人間的魅力。部下がついてくるリーダーはなにか魅力がある人間です。無機質で人に興味がない人はリーダーには向きません。4つ目はコミュニケーション力、とりわけ「聞く力」です。私は課長になってから聞くことに徹しましたが、聞いて「こういうことなんだよね」といって次の方向性を示すようにしています。

 そういうコンピタンスのベースになるのは、「決断とスピード」。私は会議のときに「今日の会議ではなにか決めることがあるのか、と。ないのならメモをくれればあとで読んでおくからそれでいい」と言っています。全員賛成は手遅れと先ほど言いましたが、これまでと変わらないことや物まねをしているだけでは、企業としての価値は上がりません。リーダーがこれだと決断したことは、一つ一つ「早くやっていく」ことが企業価値を高めることになります。スピードは大事です。

――よく女性は「失敗することを怖がる」といいますが、どうお考えになりますか。

柄澤 これは野村克也さんの言葉ですが「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのがあります。偶然の勝ちは褒めればいい。けれど負けは必ず理由があるのでそこを直す、そして早く立ち上がることが大事、ということです

 私もこれまでいくつかの経営の意思決定では失敗もあって、その失敗が今生きているのは事実。いわゆる「失敗から学んでいく」ことが次の成功の大きな要件であるし、失敗したときに早く立ち直ることも重要で、それはチームワークでもあり、コミュニケーションだと思います。「ここがいけなかったね」と責めるのではなく、立ち上がっていくことが大事ですね。

――最後に役員を目指す女性へのエールをお願いします

柄澤 まず日本経済、世界経済の成長に女性の活躍は欠かせないということ、男性が維持してくれるのではなく、女性自身が出ていかなきゃという意識をもってほしいと思います。

 シェリル・サンドバーグの著書『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』にも書かれていましたが「一歩踏み出そう。そして自分自身が次に続く女性のロールモデル、リーダー像を作っていくんだ」という心意気を持っていただきたいなと思います。

 経団連の話になりますが、「女性活躍の次なるステージに向けた提言」として、2017年12月に、経済成長の観点から「“攻めのウーマノミクス”の5つのイニシアティブ」を提言しているんです。女性は「仕事か家庭か」ではなく、もっと柔軟な生き方をしていこうと。「女性は成功を恐れる」というデータもありますが、失敗も成功も恐れずに新しいリーダー像を作っていかない限り、日本経済の次の舞台での成長はないと思いますね。

インタビュアー:麓幸子=日経BP総研フェロー、取材&文:船木麻里、撮影:大槻純一

【アクセンチュアの視点】
 女性は男性と同じ働き方を目指すのではなく、柔軟に、成功も失敗も恐れずに新しいリーダー像を作っていく必要があると柄澤会長は説きます。多様な人材が活躍できる環境を整備するにあたり、「無意識の偏見」を変えていくことは非常に重要です。理想とするリーダー像について、周囲の人だけではなく女性たち自身も「無意識の偏見」を持っていないか自問してみるのもよいかもしれません。失敗のロールモデルも必要、という柄澤会長の指摘こそ、失敗を恐れずにイノベーションを生み出す力を後押しする考え方だと感じます。