想定外で戸惑いがあった昇進 管理職として大切にした心がけとは

――では、「キャリアの転機」はいつだったのでしょうか。

折井 2000年に初めて管理職になったときだと思います。清涼飲料事業の課長になったのですが、マーケティング部門で初めての女性管理職、しかも清涼飲料は非常に競合の激しい市場で、最初は大変でした。

 男性の場合、会社に入ったらいずれ自分が管理職になることをどこかで想像しながら上司を見たりしていると思うんですね。でも私はそんなふうに考えてみたこともなかったので、突然その立場になって本当に戸惑いました。

 当時の私には「ピラミッドに横入りする感覚」があったんです。会社にはピラミッドと平屋の建物があって、男性は最初からピラミッドの中にいる。だから一番下から上に上がっていく階段の昇り方を見ているけれど、女性は隣の平屋にいるからそもそも上に上がっていく感覚が持てない。それが急に平屋からピラミッドの中段に横入りすることになって、上を見上げながら育ってきていない自分にどこか欠落感を感じることがありました。

管理職昇進は「ピラミッドに横入りする感覚」だったという
管理職昇進は「ピラミッドに横入りする感覚」だったという

――心構えの面での戸惑いも大きかったんですね。実際に管理職になってみて、一般社員と大きく変わる点は何だったでしょうか。

折井 一つの組織を預かることになって、自分の「役割」というものをすごく意識しなければならなくなりました。

 課長になって最初のグループには4人のメンバーがいたのですが、女性管理職という自分自身がマイノリティであると同時に、「上司が女性であるメンバー」もマイノリティなんだと気づいたんです。「お前のところの課長、女性なんだって?」みたいな。だからこそ、メンバーのためにも普通にマネジメントがしたい、リーダーシップがとりたいと思いました。そのときに意識したのが「四つの心がけ」です。

――それはどんなものでしょうか。ぜひ教えてください。

折井 まずは「決断すること」です。管理職になったら「こうしたいのですが」という希望ではなく、「こうします」と決めなくてはいけない。もちろん上には部長や本部長はいますが、まずは自分の立場でよりよい決断をする、そのために判断の論拠を持たなくてはいけないと思いました。

 二つ目は「俯瞰して見ること」。自分に見えている世界がすべてだと思わず、全体感を持って、その中に自分の部署の仕事を位置づけるようにしました。

 三つ目は「“なるべく”逃げないこと」。ずっと逃げないと心が折れてしまうので、時々は自分に「ぷち挫折」を許しつつ、ここぞというときは頑張ろうと意識しました。「ぷち」は平仮名なのがポイントです。ずるいんですけど、こう書くと許されるような気がして(笑)。

 四つ目は「新しもの好きでいること」です。サントリーは「やってみなはれ」という、新しいことに挑戦する社風。逆に、私はどちらかというとコンサバな性格だと思うので、変化することをいやがらなように、常に新しいものを恐れず、面白がるようにしました。

――女性はリーダーシップの取り方に悩むことが多いですが、折井さんはどのようにお考えでしょうか。

折井 マネジメントに自信がないという声は私の周りでも聞きます。でもそれは、リーダーシップをどう取るかという「How」にとらわれているのではないでしょうか。

 大切なのは、組織が目指す行き先を示し、そこにどう行くかという道筋を立てて、行き先をメンバーで共有して前進し続けること。この三つを実践できれば、やり方はどんな形でもいいと思います。先頭に立って大声で「行くぞ!」と鼓舞していくのもいいし、一番後ろから優しく背中を押しても、真ん中に入ってみんなを笑わせながら引っ張っていくのもありです。

 それから、私自身は「アウフヘーベン」を目指すこともすごく意識しています。もともとはドイツの哲学者ヘーゲルの概念ですが、何か新しいことをするときは、立場や視点の違いで「意見の相違=コンフリクト」が必ず発生しますよね。そのときに力や多数決で決めようとすると、結局黒か白かになってしまう。そうではなく、コンフリクトがあるからこそよりよいステージに行けるという考え方を私なりのアウフヘーベンと捉えています。思考停止せずに、一歩でも二歩でも先に行くという思いをみんなに持ってほしいと思いながら行動しています。

商品開発、顧客対応、人事…、異動で視点も変わる。その度に学びがあった

――マーケティング部門を長く経験された後、お客様コミュニケーション部で部長に昇進し、その後は人事部門も経験されました。それまでとは全く違う分野の仕事は、その後のキャリアにとってどんな意味を持ったでしょうか。

折井 お客様対応部門に移ったことで「視点が変わる」経験ができたことは、大きな学びになりました。それまでもお客様のことをいろいろ調べて分かっているつもりでしたが、実際に生の声を聞いて、「お客様が企業や商品に対して感じていること」をもっと社内で共有しなければという使命感が生まれてきました。そこで、社員がお客様視点を持つプロジェクト「VOC(ボイス・オブ・カスタマー)活動」をスタートさせました。

 人事部門で人材育成を担当することになったときは、それまでの企業の外を見る仕事から、初めて中に対してアプローチする仕事へと、視点だけでなく視線自体も変わりました。視点や視線が変わるということは、考え方も仕事の視野も広がるので、やはりキャリアにおいて大きな意味があったと思います。

 課長から部長になったことでは、「自分が相談できる相手は、もう役員の方だけになってしまうのか」というプレッシャーの大きさ、人やお金、組織といった経営資源の一部を預かることの重みも痛感しました。