BTジャパンの社長として業績を上げ、同時に経団連初の女性役員として「働く女性の地位向上活動」を積極的に進めてきた吉田晴乃氏。日本と世界の通信業界でリーダーシップを発揮し続けてきたキャリアのなかで培われたリーダーシップ論は、説得力を持って働く女性の心に響くだろう。リーダーに必要なマインドセットとともに、経営者の条件についても話を聞いた。

メンタリティのステージが上がった先に、キャリアの転機がある

――吉田さんのこれまでの輝かしいキャリアを振り返ると、転機もいろいろあったのではと思いますが……。

吉田 ええ、もう転機だらけです。もちろん「転職すること」は大きな転機ですが、私は転機とは「自分から迎えるもの」だと考えています。「ポジションが上がって転機がやって来ました」ではなく、自分のメンタリティのステージが上がっていくと、不思議と環境が変わり、結果として仕事が変わり、それが転機になるというか。例えば私にとって、「9.11」(2001年のアメリカ同時多発テロ事件)は大きな転機でしたね。

吉田晴乃 (よしだ・はるの)
BTジャパン会長
経団連審議員会副議長


慶応義塾大学卒業。90年モトローラジャパン入社、その後NTTアメリカ、NTTコミュニケーションズなどでトップセールスとして活躍。日米で数々の営業成績を塗り替えた。2012年に英通信大手BTジャパン社長に就任。2018年現職。2015年に経団連では史上初の女性役員として審議員会副議長に就任。また、女性の活躍推進委員長としても積極的な活動を行う。一女を育て上げたシングルマザーでもある。

吉田 あの瞬間は今でも忘れられません。当時、NYにいた私は目の前で飛行機がビルにドーンと突っ込んだのを見ました。当時は通信会社にいましたから、お客様や友だちの多くがあのビルにいたので「とにかく故障対応しなきゃ」って、気がついたらあのビルに向かってダッシュしていました。現場では「携帯電話は使わないでください!」「負傷者がガレキの下で携帯電話を使って助けを呼んでいるので、通信帯域をあけてください!」という大声とサイレンの音が入り乱れていてパニック状態。ものすごい砂煙のなか、みんな混乱して、大きな声で叫んでいました。

 「いったい私は何をやるべきなんだろう」。その時私は自分のミッションを感じさせられた気がしたのです。この通信さえつながっていれば、人の命も救うことができる。自分はライフライン提供者として、社会に根付いて市場のためになることをしていかなきゃいけないという使命感……とにかく衝撃を受けました。

 この事件をきっかけに間違いなくメンタリティが上がり、その後のキャリアの転機に結びついたと確信しています。

――キャリアの転機を求めるとしたら、自分のメンタルのステージを上げていくことが重要だということですね。

吉田 その通り。リーダーを目指すなら、なおさら自分の考え方のステージを上げていくことが大事です。自分のやっていることが、どのように人々の役に立っているのかを深く考え抜く。自分のステージが上がると、環境のステージが間違いなく変化していきます。その過程で困難に出合ったら、自分のなかに免疫がなかったという証拠だから、自分を強化していかなくてはいけません。ステージが上がれば上がるほど、周りには悪い菌も多くなる。もう菌だらけですよ(笑)。だからそれに打ち克つ強い体力をつけて抗体をつくらなくてはいけません。純粋培養では絶対ダメです。

 最近、直近の部下に、聖書の一節にある「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」という言葉を送りました。「あなたは本当にいい人だけど、世の中は理不尽なことばかりで、そのなかでもリーダーは強くなくてはいけない。私があなたに言ってあげられるのはこの言葉ぐらいしかないけれど、これは私がいつも自分にも言い聞かせている言葉です」と。

 つまり、人間というのは本当に弱くて、自分の側近とかチームとか上司とか周りにいる近い人間ほどを信じたくなるんです。なぜってそれがラクだから。自分の弱さがそうさせるのです。

 「この瞬間、この環境、このプロジェクトのなかであなたを信じます」というのは「あり」だけど、「あなたは絶対大丈夫」っていうのは、あり得ない。そんなことをいうトップは相当甘い経営者だと思います。とはいえ、私も過去にはそうやってきたこともありました。「あの人だけは大丈夫」と。

――相手を全部信じるということは、自身の弱さの裏返しということですか。

吉田 そうです。自分の弱さの裏返しであり、同時に「人の弱さが見えてない」ということ。人間というのはそんなに強くないものです。そう自覚すれば、いろんなリスクが見えてくるんですね。だから「あなたなら100%大丈夫」と言う人は、私は経営者としてはダメだと思います。

――では、経営者として重要な要件というのはなんでしょう?

吉田 リスクがきちんと見えることだと思います。どうやったらリスクが見えるかというと、それが「多様性」にもあてはまることなのですが、自分にいろいろな面を持っていることが必要だと思います。弱い自分、醜い自分、ずるい自分、もちろん良い自分も、強い自分も知っている、そういったアンテナが立っていると、他人の様々な面も見えてくる。良い面も、悪い面も。そこがとても大事です。なぜならばインシデントというのは、コトではなく全部「人」が原因で起こるのだから。

――「インシデントは全部、人」ですか。深い言葉ですね。

吉田 なぜなら、この世の中で、人が関わらないことってありますか? ロボットだって人が作る。どんなコンピューターも人が作るでしょ。「インシデントは人」なんです。

 現在BTは世界170カ国、約10万人の従業員がいるのですが、多様な環境の中で、多様な人材が、多様な信念と価値観を持って共存しています。これがまとまるのはたった1つのスペシフィックな目的意識があるから。それは「BTという企業体のなかで利益を上げましょう」ということ。それだけでつながっているのだから、成功させるためには、お互いの多様なバックグラウンドを理解しなくてはいけないのです。「人」を理解することが大切なんです。