経営破綻直後に役員に、さらには代表取締役に就任

――ご自身のキャリアの転機はいつでしたか。

大川 一番大きな転機は、やはり破綻後に執行役員客室本部長になったことですね。2010年のことです。客室乗務職出身としては初めての女性の客室本部長です。それまではほとんど地上職の男性がついていた役職でしたので、自分としても驚きでした。

 非常時の役員交代でしたので、再生への役割を担ったことが大きいわけです。当時、客室乗務員は8000人くらいいましたから、その大所帯のボスということの責任もあり、一方で会社として更生計画、その認可など再上場に向けて確実に歩みを進めていく緊張感はとても大きいものでした。採算や社員の意識などたくさんの課題があり、一つ一つ解決していくことが求められました。

――当時の大川さんを支えていたものはなんだったのでしょう。

大川 社内で一番大きな組織である客室本部の長として、皆で一緒に作り直していく意識を持てたことと、部下が共に歩んでくれたことが大きな力になりました。

 同時にお世話になった社外の方々、稲盛会長(当時)を始めとする多くの方々のお力添え、そして何よりもそんな中でも応援してくださったお客さまでした。部門別採算の導入や、「JALフィロソフィ」の制定。社員としての意識や価値観、考え方を改めて見直すことができました。内部だけで立て直そうとしたら、きっとうまくいかなかったでしょう。

――8000人の心を掌握するためのポイントは何でしょうか。

大川 幸せなことに、私は30年間現場にいましたので、「現場では、皆は何を考えているのか」とか、「現場のムード」はよく分かっているつもりでした。「皆の気持ちを代弁できるのが私です」という強みは生かせたのではないかと思います。

 役員になるとフライトはないので、できるだけ出発前後の打ち合わせに参加し、客室乗務員の話を直接聞くようにしました。皆にとっても、話が通じるのが早く、そこは楽だったのではないかと思います。

 破綻直後でしたので、お客さまから励ましの言葉をいただいたという話もあれば、当然ながら「厳しいお言葉をいただいた」という話も聞きました。そんなときは自分がフライト生活をしていたときの感覚を思い出し、客室乗務員の気持ちに寄り添い話を聞きました。

 部下から「大川さんに、どこまでもついていきます!」と言われたのは、とてもうれしかったですね。

――役員または代表取締役としての醍醐味はどんなところでしょうか。

大川 最終的な責任があるだけにその判断や決断は、社員や会社そして社会に大きな影響を与えます。いろんな案件が上がってきて、決断し、実行、実現されていくという繰り返しのなかで、社員が喜びそして社会に役立つことはなによりもうれしいです。

――経営陣として必要なマインドセットとは?

大川 組織の一番上に立つリーダーは、やはりその「人となり」が組織や部下に出ると思います。

 もちろん能力や知識、経験もあると思いますが、一番は人間性ではないでしょうか。具体的には人から「愛されるか愛されないか」といったことが、組織や会社がうまくいくかどうかの要になっていると感じますね。

 稲盛会長(当時)もまさに「人間としてなにが正しいか」ということを説いてくださいました。それをもとに策定した「JALフィロソフィ」をベースに、私たちは再建を進めてきましたので、まず「優れた人間性」が必要だと痛感しています。

 JALフィロソフィは手帳にまとめられていて、社員全員が携帯しているものです。

 私はこの中の「人生・仕事の結果=能力×熱意×考え方」という考え方にとても共感しています。どんなに能力が高く熱意があっても、少しでもマイナスな考え方をしたら、つまりネガティブ思考だったり、よこしまな考え、悪い考え方だったりしたら、この方程式は掛け算ですから、結果は大きくマイナスになってしまうということなんです。

 ですから、人間として正しい考え方をもつことがなにより大切だということ。これはリーダーだけでなく、人間に一番必要なものじゃないかなと思います。そういう人になりたいと思いますし、そういう人を育てたいですね。

役員「だけ」女性を増やすのは本末転倒

――女性は管理職や経営陣になることを、「自信がない」「不安だ」ということで躊躇しがちなんですが……。

大川 それは事実だと思いますね。女性に対して「女性はもっと自信を持つべき」だとか「そんなに臆病にならないで、もっと積極的になりなさい」などという言葉をよく聞きます。女性が自ら勝手にそんな意識を持ってしまっているという現実も確かですが、女性をそうさせてしまっているのは何でしょう?環境や男性の影響もありますね。

 例えば、男性の多い会議で男性がある意見を述べ、多数派である男性が「そうですね」と盛り上がることがあります。男性の持つ価値観が多数派の男性の中で共有・共感されたということでしょう。でも少数派である女性が出した意見には盛り上がらないことがあります。これは、女性の持つ価値観を共有する人があまりにも少ないからかもしれません。

 すると女性は「自分は間違っていたのかな」「なにかKYなことを言ってしまったのかな」と思うのが自然です。女性に非があるわけではないのに、です。さらに「僕はそう思わない」と男性に言われると、その女性は一人で孤独に苦しむことになります。

 ただ、今はこれも変わりつつあり、「僕はそう思わなかったけど、なるほど、○○さんはそう思うんだね」と、意見が机上にのるようになってきました。女性も自信をもって発言、活動していけばいいと思いますし、自分にもそう言いきかせています。

 ただ、本来は男性の中にも多くの意見があり、女性でも同様で性別云々ではなく多様な人が多様な価値観で意見を交わし合えることが本当の姿です。

――女性役員の登用を進めるためには何か必要でしょうか。

大川 一人ひとりが許容量を広げることでしょうか。人間は、常識の域で想像しやすいほうがものごとを進めやすい。だからこれまでと違う発想が出てきて現状維持ではない選択を迫られると躊躇するんです。

 そんなときこそ「ここはひとつ、この方法でやってみようか」という覚悟を持つことが重要だと思います。そうはいっても「10人中1人が出す案を選べません」となりますよね。

 だからいろんな意見を持っている10人をメンバーにするんです。10種類とは言いませんが、せめて3、4種類くらいになるように。集団自体を多様にして、いろんな選択肢があって、それぞれ同じように議論を交わして「これにしましょう」と決められる環境づくりこそが大切ではないでしょうか。

――今は経営陣の候補の母集団自体に多様性がないところが多いですね。

大川 マイノリティの方が頑張って意見を出しても、多数派がそれに否定的なら、それを乗り越えてまで意見を主張しようとはなりません。役員だけ女性を増やすというのではなく、まず新入社員を男女1:1から始めて、グループ長や室長や部長も1:1になるというのが本来の姿かもしれません。

――最後に、20代30代の働く女性たちにエールをおねがいします。

大川 ある方が「女性は人生フルコース」とおっしゃったことがあって、私の心にとても響いているんです。私はもともと理系でしたが、この会社に入り、ひたすら空を飛んでいたのに地上の業務をもらい、その後会社が破綻し、役員となり、その途中には結婚し、出産し、自分では予想もしなかったことを次々と経験しました。まさにフルコース。女性はライフイベントが多く、フルコースへのきっかけがたくさんあります。

 私はそれを経験できて本当に良かった。男性はよほど意識しないと、転職や、育児などには、大変な覚悟と決意が伴い、フルコースは経験しにくいのがまだまだ日本の現状ではないでしょうか。

 フルコースのチャンスがある女性だからこそ、いろんな生き方があります。自分が感じる幸せの形は何なのかを都度考えるチャンスがあると思います。「これから先、自分はどういう変化が可能か」と。そこでなにか思うことがあれば、その瞬間が始まりなんです。その思いを大切にして、成就できるように目標を決めて頑張ってほしいですね。

インタビュアー:麓幸子=日経BP総研フェロー、取材&文:船木麻里、撮影:大槻純一

【アクセンチュアの視点】
 大川さんは、経営破綻後という大変な時期に、女性として初めての客室本部長に就任しましたが、これはかなりチャレンングな状況だったのではないかと思います。そんな中でも部下がついてきてくれたり、周りの人が支えてくれたということは、接客を起点に、重要な役割をひとつひとつ丁寧にこなしてきたことで培われた大川さんご自身の人間としての魅力によるもの。現場体験を持って一人ひとりに寄り添う姿勢は、多くのリーダーの手本となるものでしょう。
 大川さんが指摘した、少数派の意見が受容されやすいよう、メンバー構成を多様にすることは重要だと思います。
 性別だけでなく、多様な人材が多様な価値観で意見交換ができる組織風土が真の理想です。