失敗を何百回してもいい。若い時のリスクは買っても取ること

――役員になるために必要な能力とは何でしょうか。

櫻田 「自分がこの会社をどうしたいか」が言えて、それを実現するために「私はこういう人間になりたい」「こういう能力を身に付けたい」という思いがあることです。会社で強烈にやりたいことと、そのために自分に何が必要かという問題意識。この二つは絶対に必要です。

 やりたいことと言っても、ビジョンなどと大げさなものでなくてもいいんです。例えば「自分は子育てしながらここまで苦労して働いてきた。何とかこの部署ではそういう苦労をせず、しかも生き生きと働けるようにする方法はないか。ITを使って実現できないだろうか」とか。あるいは「全国に数百ある保険金の支払い部門の中で、一番お客様からの『ありがとう』の数が多い部にしたい。そのためにはどうしたらいいか」とか。

――壮大なテーマでなくても、等身大の目標でいいのですね。

櫻田 そうです。その積み重ねです。私が「安心・安全・健康のテーマパーク」を目指すと言っているのも、まさに足元の積み重ねから来ているものです。

――社長ご自身が経営層として仕事の醍醐味を感じるのはどんなときでしょうか。

櫻田 それは「直感が当たったとき」ですね。CEOである私のところに来る案件というのは、社内のものすごく優秀な人たちが調べたり、情報を集めたりして、論理的な議論はほとんど尽くされているんですね。それでも決まらないというのは、49対51くらいのわずかな違いしかなく、右と左、どっちをとっても正しいもの。それに決断を下さなければいけないわけです。

 そういう案件について「これは右だな」と決めたとき、理由を聞かれたらいろいろ説明はしますが、多くの場合はかなり直感的に判断しています。この直感というのが、経営学者や心理学者の論文を読んだりすると、それまでの何千、何万という経験が頭の中に刷り込まれていて、その引き出しからポンと出てくるものらしいです。これを今AIが解明しようとしているけれど、簡単にいかないのだとか。

 「やっぱりあのときこう思ったのは正しかったんだ」というのが当たったときは手ごたえを感じますが、逆に「これはやばいぞ」というのが当たることもある。先ほど役員になるのは楽しいという話をしましたが、一番ネガティブな部分の話をするなら、「人が気にならないことが気になって仕方がなくなる」ということがあります。

 部長たちには見えていない何かを見落としていないだろうか、自分は楽観的に過ぎなかっただろうか――。役員以上になると、何か決断を下すときには常にもう一人の自分が近くにいて、疑いの目で自分を見ているという感覚があります。

――そうした責任の重さやプレッシャーは、どうやって乗り越えていけばいいのでしょうか。社長ご自身は何か意識していることはありますか。

櫻田 「まあ、いいか」と思うことです。目の前の世界がすべてだと思ってしまうから苦しくなってしまうわけで、ちょっと街へ出てみれば、いろんな生活をしている人が山ほどいます。今いる場所で行き詰まったら、辞めていろんな会社に移ればいい。今はそうやって生きていける時代です。

 こう思うようになったのは、おそらく父から言われた言葉の影響が大きいと思います。「仕事で失敗しても命は取られないから大丈夫だ」と。それはそうだな、クビだと言われても、命までは取られない。そう思えば気が楽になります。

――最後に、前向きに仕事に取り組み、上を目指したいと考えている若い女性たちに向けてエールをお願いします。

櫻田 経験を超える先生はいませんから、とにかく失敗をたくさんしてください。20代であれば何百回失敗してもいい。たとえば一旦会社を辞めて小さな会社を興して社長になったけれど、つぶしてしまったとする。これはものすごい経験になります。それからまた大企業に戻ってもいいし、そういう人材を採用できる企業が増えないといけません。

 「若い時の苦労は買ってでもしろ」というのを現代風に言い直すと「若い時のリスクは買ってでも取れ」です。意図して失敗するくらいのつもりで、どんどん経験を積んでください。

インタビュアー:麓幸子=日経BP社執行役員、取材&文:谷口絵美、撮影:大槻純一

【アクセンチュアの視点】
 ダイバーシティはイノベーションを生み、イノベーションは生産性向上につながるという点には同意します。
 女性の活躍にあたって男性の役割意識も変えるべきという指摘はまさに重要なポイントです。その意識変容のために、企業が社内の制度を整備するだけではなく、社会全体でその意識を変えていく必要があると思われます。
 昇進昇格してより経営に近いポストに就くことに女性は躊躇しがちです。だからこそ、「等身大の目標の積み重ねでいい、失敗してもいいから経験を積んで」というメッセージは、女性たちに勇気を与える言葉だと感じました。