ワーキングウーマンのためのイベント「WOMAN EXPO TOKYO 2019」が2019年5月に東京ミッドタウンで開催されました。「キャリアアップのチャンスを逃さない生き方」と題したセッションに登壇したのは、今年4月に野村アセットマネジメントで初の女性社長に就任した中川順子さん。男性社会のイメージが強い金融業界において、数々の“女性初”を冠されてきた中川さんですが、実は働き盛りのころに一度退社して専業主婦になるなど、そのキャリアは決して真っすぐな道ではありませんでした。ブランク後のキャリアをどう築いたのか、話を直接聞こうと多くの女性が会場を埋めました。

(1)38歳で一度退職し主婦に ←今回はココ
(2)キャリアの好機をつかむ法

―― 中川さんは、今年4月、野村アセットマネジメントのCEO兼代表取締役社長に就任。ここに至るまでも、設立間もない野村ヘルスケア・サポート&アドバイザリーの代表取締役社長、野村ホールディングスのCFOなど輝かしい経歴です。新卒で野村証券へ入社したのは男女雇用機会均等法の施行から間もない1988年ですが、そのときは将来「社長」になることをイメージしていましたか?

中川順子さん(以下、敬称略) 全くそんなことは想像しませんでしたね(笑)。一般職としての入社でしたし。当時、男女雇用機会均等法は施行されていましたが、まだ「女性は一般職」のイメージが強くて、女性総合職の枠はとても狭かった。女性社員は結婚したら退職、がほとんどでした。

野村アセットマネジメントCEO兼代表取締役社長の中川順子さん。38歳のときに一度退職する道を選んだ
野村アセットマネジメントCEO兼代表取締役社長の中川順子さん。38歳のときに一度退職する道を選んだ

―― なぜ、証券会社を選んだのですか?

中川 きっかけは、学生時代に大阪で開催されたアジア開発銀行年次総会のお手伝いをして、女性が生き生きと活躍する姿を目の当たりにしたことでした。金融の世界に挑戦したいと強く思い、銀行か証券会社かを迷った末に、より広範囲の業務に従事できそうで、女性への門戸が広そうな証券会社を選びました。

異動のたびに「自分は役に立っていないのでは」と落ち込む

 入社後は奈良支店のカウンターでお客様に直接対面する仕事をしていました。最初は総合職への職種転換など考えていませんでしたが、支店の同じような仕事をしている先輩が総合職になったのを側で見て、自分にもチャンスがあるのでは、と思い挑戦しました。業務で本社との連携も増えてきて、より幅広い仕事、今とは違うお客様を相手に仕事がしたいと考え始めていたこともあります。

 結局、3年目に総合職に職種転換。その後は、人事部、投資銀行部門、財務部門とさまざまな業務を経験しました。順調なキャリアに見えるかもしれませんが、部署を異動して業務の内容が変わるたびに「自分は会社の役に立っていないのではないか」とどん底まで落ち込み、そこからなんとか這い上がるといった感じでした。

―― 総合職の女性が少なくお手本となる先輩が身近にいない中で、誰を目標に、どのように仕事のやり方を覚え、スキルアップしていったのでしょうか。

仕事を完全に離れたのに、再びキャリアを築けた理由は?
仕事を完全に離れたのに、再びキャリアを築けた理由は?