ワーキングウーマンのためのイベント「WOMAN EXPO TOKYO 2019」が2019年5月18~19日、東京ミッドタウンで開催され、「いつでも始められる。いつでも変えられる」をテーマに、伊達公子さんのトークショーが行われました。プロテニスプレーヤーとして世界ランキング最高4位まで登りつめた伊達さんは、26歳で一度現役を引退するも、11年半のブランクを経て37歳の時に再び現役復帰。二度目の引退後も大学院進学や、ドイツパンの店をプロデュースするなど新たな分野に果敢に挑戦。その姿はARIA世代に大きな勇気を与えてくれています。来年50代を迎える伊達さんに、挑戦の楽しさや極意を聞きました。

もう一度、勝負がしたい。心の声が聞こえた

―― 30代後半での現役復帰というのは体力的にも精神的にも並大抵のことではなかったと思いますが、どのような思いで決断したのでしょうか?

伊達公子さん(以下、敬称略) 再びプロとして第二のキャリアをスタートさせるきっかけとなったのが、2008年に行われたエキシビジョンマッチでした。その試合に出場するにあたって、もう一度体づくりからトレーニングを始めたんですが、その中で何かに挑戦することを楽しんでいる自分がいたんです。その時に、「私はまた勝負の世界に戻りたいんじゃないのか?」――。そんな心の声が聞こえてきました。でも、それって口に出しちゃいけないんじゃないかと思って、悶々と心の中で葛藤していたんですね。

 アスリートの世界で現役に戻るのは簡単なことじゃないと分かっていたし、20代の第一キャリアの時に自分が残した結果に悔いがあるかというとそうではない。にもかかわらず、また真剣勝負の場に戻ることがいいのか、悪いのか……。来る日も来る日も、自問自答していました。でも、「チャレンジするのに年齢は関係ない」と思って。悩みに悩んだ結果、現役復帰を選びました。決めてからは楽しい日々が続きました。

真剣勝負の場に戻ることがいいのか、悪いのか……。来る日も来る日も自問自答したが、「チャレンジするのに年齢は関係ない」と現役復帰を選んだ

―― 20代の第一キャリアの時と、30代後半で復帰されてからとで、テニスに対する思いや心持ちは変わりましたか?

伊達 正直言うと、第一キャリアの時は「世界ランキング」という数字はついてきましたが、心が満たされていたかというと決してそうではありませんでした。10代の頃はプロのテニスプレーヤーになることを夢見てこの世界に入りましたが、実際は1年のうち10カ月間は海外遠征で、慣れない土地での試合の日々に心身が消耗したり、プレッシャーに押しつぶされそうなことも多々ありました。当時はそれをハンドリングするだけの器もなかったので、辛いことだらけで疲れ果ててしまったように感じます。