一人ひとりの思考停止が恐ろしい全体主義を生んだ

 アーレントは、ドイツのユダヤ人家庭に生まれ、ナチスの迫害に遭ってフランスに亡命。フランスがドイツに降伏すると、「ドイツからの避難民」として強制収容所に入れられるも、奇跡的に脱出をした女性哲学者です。こうした経験もあって、全体主義のメカニズムを分析した『全体主義の起原』を書くのです。

 全体主義は、個人の自由よりも国家、民族、人種などの集団に従うことが求められるのが特徴です。アーレントは、全体主義が生まれる背景には、近代の階級社会が崩壊し、特定の社会集団に属さない大衆が生み出されたことがあると考えました。孤立した大衆は孤独や不安から、所属意識や一体感を求めます。それがナチスの自民族の優越や人種差別を喧伝するイデオロギーに吸い寄せられていったのです。

 そしてカリスマ的指導者に心酔し、従うことで全能感にひたり、権力側からの命令があれば非人道的行為に手を染めることも厭わなくなってしまった。思考停止状態でものごとを人任せにするなかで全体主義は生まれ、エスカレートしていったのです。アーレントは一人ひとりが思考し続ける大切さを訴えます。

思考停止になれば、誰でも悪に染まってしまう

 映画『ハンナ・アーレント』(日本公開は2013年)をご覧になった方はご存じでしょう。数多くのユダヤ人を強制収容所送りにしたアイヒマンの裁判を傍聴したアーレントは、「あの人は極悪人ではない、上からの命令に従っただけの平凡な人だ。平凡な人でも思考停止になればあんな悪をするということを私たちは知るべきだ」と語ったのです。

哲学KeyWord:全体主義
「ナチズム」や「ファシズム」、「スターリン主義」などの政治体制を全体主義と呼ぶ。社会に無関心な人々の集合体である大衆社会は、所属のない孤独感から共同幻想に熱狂しやすい。熱狂を維持するために異を唱える者を粛正し、個人よりも人種や民族を優先する思想を強要する。