PTA活動は「授業料のいらない大学」だった

 子どもたちが小学校に入ると、積極的にPTA活動に関わるようになった。

 「背が高いので、最初はPTAのバレーボール部に誘われたんですね。そこで他の保護者の人から『クラス委員をしていると、学校での子どもの姿や成長を見られていいわよ』と言われ、1年目はPTAの先輩たちと一緒に活動しました。2年目は『せっかくやるのなら自分の気の合う人たちと楽しくやろう』と思い、ママ友7人をスカウト。仕事を持っている人には会計係や議事録係など負担の少ない係をお願いし、自分はPTA会長になりました

 ちょうどその頃、住んでいた区で「緑を増やす」という施策が立てられた。小学校の校庭を芝生にしようとする運動が始まり、区議会に説明するための資料作成や月1度の会議への出席などに追われることになった。

専業主婦時代には小学校のPTA会長として2年間活動。結婚前の仕事で培ったメンタルとスキルが役立った
専業主婦時代には小学校のPTA会長として2年間活動。結婚前の仕事で培ったメンタルとスキルが役立った

 「PTAでは、インストラクター時代の経験が大いに役立ちました。人前で話してもあがることのないメンタルや、適材適所で仕事を割り振るスキル。でも、会社であれば企業目標に向けて全員の足並みがそろいますが、PTAは義務感で引き受けている人や消極的な人もいます。みなさんの気持ちをくんで、物事がスムーズに進むよう心掛けました」

 熱心な活動の成果が実り、校庭の芝生化は完了。大役を果たし、1年でPTA会長を辞めようとしたところ、今度は「芝生の永続的な管理」という課題が持ち上がる。小学校だけで維持するのは難しく、3つの地域団体などで管理する体制を整えることになり、2年目もPTA会長を引き受けることになった。

 「自分では一生懸命やっていましたが、陰でたたかれて、めげそうになったことも。一方で、教育関係の講演を数多く聴けたり、子どもたちの姿を間近に見られたり、学びも多かったですね。PTAは本当に『授業料のいらない大学』でした。そして、一度足を踏み入れると簡単には抜けられません(笑)。結局、PTAには役員として9年間関わり、そのうちの2年間は会長を務めました」