9年間の専業主婦期間を経て、44歳で12年ぶりに正社員として働き直しを始めた堀利恵さん(44歳)。氷河期の就活を乗り越え、メーカーで働いていたものの体を壊して二度の退職を経験。第1子の妊娠を機に専業主婦になったが、「長すぎるブランクは避けたい」と在宅業務で細いキャリアをつないでいた。その後、夫の海外赴任に同行し、二度目の完全専業主婦生活がスタート。2年後に帰国し、堀さんは一念発起して42歳で日本女子大学のリカレント教育課程に挑戦した。

【前編】
氷河期世代の44歳 ブラックな働き方と専業主婦の狭間

 9年間の専業主婦期間を経て、44歳で12年ぶりに正社員として働き直しを始めた堀利恵さん(44歳)。今、人材マネジメントのコンサル事業を行う「ベクトル」で企業研修のコンサルタントとして働いている。

「正社員で働くのは12年ぶり! 今、必死で仕事を覚えています」

 20~30代は、メーカーで働くも激務で体を壊して退職。出産を経て扶養の範囲内の仕事を細々と続けながら、「いつかは仕事にフルタイム復帰したい」という気持ちは強まっていた。そんな矢先、夫のインドネシアへの赴任が決まった。期間は3年間。堀さんは、家族で話し合い、当時、6歳と3歳の子どもたちを連れて渡航した。

 インドネシアという見知らぬ土地、異文化の中での生活──覚悟はしていたものの、毎日がカルチャーショックの連続だった。堀さんの夫が赴任したのは、日本企業の現地支社ではなく現地法人。前任者もおらず、英語を話せる人が少ない中、家探しから学校探しまで、すべて自分たちでやらなければならなかった。

海外駐在中は余裕もなく、子育てに専念

 治安に不安があるため、子どもたちは学校までバス通学をしていたが、渋滞が多く、日本なら十数分の距離に2時間ぐらいかかることもしょっちゅう。「インドネシアでの2年間は、とにかく毎日の生活に慣れるのに精いっぱいで、自分の仕事のことを考える余裕はありませんでした。母として、まずは子どもたちが毎日安心して暮らせるように心を砕いていました

 そのかいあって、子どもたちは現地の学校になじみ、2年が過ぎた頃には「もう少しいたい」と言い出すまでに。「赴任が決まったとき、上の子はちょうど小学校入学のタイミングだったんです。お友達と二人で、『一緒に行けないんだね』と泣いているのを見て胸が痛みましたが、子どもの順応力の高さを頼もしく感じました。それに、新興国のエネルギッシュさ、現地から見た日本のイメージなどを体感でき、私自身にとっても勉強になる2年間でした。親子でたくましくなったと思います」

 そして2016年の夏、42歳の時に堀さんと子どもたちは帰国した。