だがまもなく、板倉さんの修復士としての活動を報じる新聞記事が全国紙に掲載され、教室への入学希望者が一気に増えた。

 「うれしい半面、この生徒数を私一人で教えるのは不可能。そこで、この人ならと腕を見込んだ長年の生徒数人に講師となってもらい、図書館業務の中の一般的な本の修理技術と、より専門的な西洋古書の修復技術を学べるカリキュラムを新たに整えました」

NPO法人を設立、全国から生徒が集まる

 そして2004年には、教室と研究会とを統合し、NPO法人「書物の歴史と保存修復に関する研究会」(略称:書物研究会)を設立した。

 現在、教室は全10クラス、生徒は60人程度にまで増えた。「週末には遠方から新幹線や飛行機を乗り継いでやってくる人も多いため、土日で2クラス分取れる時間割を組んでいます」。

 生徒の多くは司書など、図書館勤務者。

 「授業で強調するのは、本のオリジナリティーを尊重して修復することの大事さです。この基本を踏まえることで、本をどう修復すべきか方向性が見えてくるし、外部の製本業者に修理を発注する際も、『古い表紙を捨てて、新しい表紙に変えたりしないでください』など、ガイドラインに沿った指示ができます」

書籍に限らず、文書を保管し次世代に残すことに、なぜか日本は関心が低い国だと語る板倉さん
書籍に限らず、文書を保管し次世代に残すことに、なぜか日本は関心が低い国だと語る板倉さん

東日本大震災で浸水した行政文書の再生も担う

 これまで板倉さんが修復に携わった対象は、本だけではない。一例が、東日本大震災で津波被害にあい、甚大なダメージを受けた約4000点の文書類だ。紙同士が板状に張り付き、めくることすらできない。そこに蒸気を当てながら紙の層の間にへらを差し入れ、1枚ずつ慎重に開いた後、資料に付着した泥やカビを丹念に除去した。

 「このプロジェクトは奈良文化材研究所の高妻先生のお手伝いとして参加したものです。教室の生徒が週4日間、常時4人態勢で取り組み、3年半の年月をかけてようやく再生することができました」

 「重要文化財ではありませんが、どれもが歴史を物語る大切な資料です。被災地の人たちが『また読めるようになるなんて』と喜んでくれたと聞き、協力できてよかったとしみじみ思いました」