チェンジウェーブで正社員の広報担当として働く鈴木富貴さんは元専業主婦。現在、静岡在住だ。東京のオフィスやクライアント先へは新幹線で週2~3回出勤、それ以外の業務は自宅で行い、地元ではフリーランスでキャリア・ジャーナリストとしての活動も行っている。このパラレル・キャリアが実現したのは、鈴木さんが48歳の時。ブランク12年の専業主婦からどのようにして「理想の働き方」を手に入れたのか。

ブランク12年から48歳で正社員に

 鈴木富貴さんは週2~3回、静岡駅で東京行きの新幹線に乗り込む。コーヒーを片手にノートPCを開いてメールやSNSをチェックする1時間は「家庭モードと仕事モードを切り替えるいいリセット時間」という。鈴木さんは、組織や人の変革に取り組むチェンジウェーブで広報担当として自社の情報発信を行う他、インタビューやリサーチなどのコンサルティング業務、プロジェクトの運営などにも携わる。正社員として働き始めたのはちょうど1年前。会社で働くのは12年ぶり、職種も業務内容も未経験の48歳からのスタートだった。

「48歳、静岡在住、ブランク12年で正社員になりました」
「48歳、静岡在住、ブランク12年で正社員になりました」

太く短くがむしゃらに働いた20代

 鈴木さんは新卒で、地元静岡のテレビ局報道記者になった。当時の報道現場は、昼も夜もなく24時間臨戦態勢の激務。女性の先輩もいたが、結婚・出産すると多くが仕事を辞めていた。「もともと専業主婦願望も強かったので、結婚するまでの期間限定だからと、太く短く120%の力を出し切ってがむしゃらに働いていました

 20代半ばくらいで結婚退職するつもりだったが「仕事が面白くなり」、実際に結婚したのは33歳の時。夫は仕事を通じて出会った同業者だ。「彼は仕事をしている私が好き。私は彼のドキュメンタリーに取り組む姿が好き。お互いにリスペクトし合っていました」。35歳で娘を出産。実家近くに引っ越して、1年の育休を取得し、復帰した。当時は、両立支援制度の整備が進みつつあったが現場にはまだ浸透していない。「現場では早く帰ると言いづらい。結果的に子育ては母と妹に頼ることが多く、子どもの寝顔を見るだけの日もありました。報道から夕方の情報番組に異動しても忙しさは変わらず、擦り切れていくような感覚もありました」

 そんな矢先、夫に海外赴任の話が出た。単身赴任という選択肢もあったが、「取材も中継も情報番組も裏方もリポーターも、やりたいと思った仕事を十分やり切った気がしました。デスクになるという夢もなく、『もういいや、卒業!』とスッキリした気持ちで」37歳でテレビ局を退職し、2歳の娘と夫とニューヨークに渡った。