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元専業主婦の「働き直し録!」

40代で再挑戦 結婚前にやりたかった開発援助への道

(上)JICA入山裕実 海外帯同でもパートやボランティアから前進重ねる


激務でも、バリバリ働いた20代

 入山さんが国際関係の仕事を志すようになったのは高校時代のこと。高校1年生だった入山さんは、米国・オーランドへの派遣プログラムに参加。「ちょうど湾岸戦争が始まったタイミングだったので、ホームステイ先のテレビで米軍の様子を報じるニュースを見て、こんなことが世界で起こっているなんて、と衝撃を受けました」。この経験がきっかけで国際関係の仕事に興味を持ち、大学では「模擬国連」という国連を模した会議を行うサークルに入った。

 卒業後は大手銀行に総合職として入社。約3年間の支店勤務を経て、本部でMBO(経営陣による企業買収)を行う部署に配属された。毎晩、深夜までの残業が続く激務だったが、「上司が尊敬できる人だったので、一緒にバリバリ働きました」。少しずつ仕事が面白くなってきた頃、会社の体制が大きく変わり、尊敬していた上司とも離れ離れに。気持ちに迷いが生じるうち、昔から抱いていた「留学への憧れ」がよみがえってきたのだ。

28歳で会社を辞めてアメリカに留学

 「米国のMBAプログラムであれば、銀行からの派遣で留学することができたのですが、私が学びたいのは、国際開発援助に関することでした」。以前から英語の勉強も続けていた入山さんは、働きながら受験をすることを決意。1年後に合格し、会社を辞め、民間の財団の奨学金と貯金を使ってピッツバーグ大学の大学院へ。28歳の時だった。

 「20代後半は悩み多き年代ですよね。この先、結婚するのかしないのか。仕事は続けるとしても、今のままでいいのか。私もそうでした。当時は、目の前にやりたいことが見つかって勢いで突破しました」

 2年間の大学院留学生活を終え、修士号を取得。在学中に3カ月間NGOのインターンに参加し、滞在したベトナムで知り合った人の紹介で、卒業後はベトナムで国際協力銀行(現在の国際協力機構)の開発援助プロジェクトを支援するインハウスコンサルタントの職を得た。「援助によって造られた橋や道路などのメンテナンス体制を整備するための調査の仕事をやっていました。憧れだった開発援助の現場仕事に充実した日々を過ごしていました」

 しかし、その1年後に入山さんはピッツバーグに戻ることになる。

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