実家の暮らしで身に付いた商売感覚

 その後は、業界の大規模な展示会に初出展して注目を集め、100社以上の小売業から声が掛かった。いろいろな場所でポップアップストアを展開し、それを見た別の企業から「うちでもやらせてほしい」とオファーを受け、販路はどんどん広がった。

 ポップアップストアの商談で北へ南へと国内出張が始まって間もないころ。百貨店での商談中に、急に相手がくすくすと笑い出した。「えっ、と思って『私、何か変なこと言いましたでしょうか?』と聞くと、百貨店さんに納めるときの『掛け率』の相場を知らずに、低過ぎる掛け率を提示していたんですね。『出張してこられるのに、それじゃ損しちゃいますよ』と……」

 業界知識は取引先からも教わり、失敗することはあっても「初めての失敗はしかたない。ただし同じ失敗は二度しない」と心に決めていたという律枝さん。「駄目でもともと、やってみようという気持ちはすごく強いんです。それと、きょうの仕事をあすに持ち越すのが嫌なので、何時までかかってもその日のうちに終わらせます。生まれた実家が商売をしていた影響で、自然と身に付いた感覚かもしれません」

「忙しいときにどれだけ頑張れるか、暇なときにどれだけ我慢できるかが商売。実家の母の言葉です」
「忙しいときにどれだけ頑張れるか、暇なときにどれだけ我慢できるかが商売。実家の母の言葉です」

 律枝さんの生家は静岡県内の港に近い町で、鮮魚の仲買店を営んでいた。早朝、父が市場に出掛けている間に、母は店舗をきれいに掃除して氷などの準備をする。魚を仕入れて父が戻ってくると、店の従業員もそろってみんなで朝食。その日のメインに仕入れた魚が決まって朝食のおかずになった。「朝食のときに父はよく、この魚は煮付けで食べるのが一番おいしいとか、焼くのがいい、あるいは刺し身がいいなどと教えてくれました」

 店には近隣のすし店などが魚を買いに来るほか、一般客も来る。来客があれば、たとえ夜遅くであっても魚を売る。決まった営業時間はなかった。

 「母がよく言っていたのは、『忙しいときにどれだけ頑張れるか、暇なときにどれだけ我慢できるか。それが商売』ということです。今の仕事でも常にかみしめていますし、千津にも伝えています」