誰か新しい人と出会って、結婚したいわけじゃない。でも、これまで頑張ってきた分、ふと思うのです。これからの人生を一緒に歩むパートナーが欲しいって。

 最愛の彼が、一瞬にして「えたいの知れない人」に変わり、目の前が真っ暗になった。そして、私の未来も見えなくなった――。

 婚約者と同居を始めて3日目の夜、買いそろえたい家具について話していたときのこと。「これの白があればいいのになぁ」「オレは黒でもいいと思うけど」なんていう他愛もないやり取りをしていたら、彼にいきなり拳で顔を殴られた。

 「えっ……」。何が起きたのか、理解できなかった。相手を逆上させることを言ったわけでも、感情的な言い争いになったわけでも全くない。

 穏やかで、誰にでも好かれるはずの彼が、今、私を、殴った?

みちる(42歳・独身・化粧品メーカー・企画)

 元婚約者と出会ったのは33歳のとき。取引先の担当者として現れたのが彼だった。年齢も出身地も同じで、話も性格も合い、お互いに「こんなにぴったり合う人がいたのか!」と盛り上がり、飲み会でさらに意気投合。彼から交際を申し込まれて1年お付き合いした後、婚約した。お互いの両親との相性もよく、このまま結婚して子どもを産んで、平凡だけど幸せな家庭を築いていくんだろうなぁと未来を思い描いていた、幸せのまっただ中の出来事だった。

 人に殴られるのは生まれて初めて。直後に彼が異様に優しくなったかと思えば、「僕に暴力をふるわせたのはお前のせいだ」とすごんできて。恐怖しかなかった。その日は夕食が喉を通らず、一睡もすることができなかった。

 殴られたほほは紫色に変わり、左目の下の傷口は開いたままだった。何事もなかったかのように出社した彼を横目に、私はしばらく会社を休むことにして病院へ。全治1週間のけがと診断された。友人にメールで打ち明けたら「すぐに逃げろ!」と即レスがあり、両親にも事の次第を打ち明けた。そろって顔色を失い、父が彼に破談を告げて婚約を解消した。

 それからしばらくの記憶があまりない。話題の映画を見たり、おいしいものを食べに行ったりしたことがあったはずだが、喜怒哀楽のセンサーが鈍くなっていたせいだろうか。生活の中から色彩が消え、仕事で成果を上げても喜んだ覚えがない。ただ……心から愛し、一緒に過ごす時間を重ねた恋人であっても、人の本質を見極めることがいかに難しいか。そのことだけは、私の脳にしっかり刻まれていた。

 生活に彩りがよみがえったのは2年ほど後、久しぶりの一人旅で欧州を周遊したときだった。