ARIA世代には避けることのできないテーマ「親の介護」。終わりの見えない状態だと聞きますが、どれだけ大変なのでしょうか? 働きながらの介護生活はできるのでしょうか? 両親の介護を20年間続けているアナウンサーの渡辺真理さんと、日経ARIA編集部が「親を介護するということ」をテーマに往復書簡で気持ちをつづります。

拝啓 渡辺真理様

 お手紙をありがとうございます。「母と介護職の方々と過ごす、こんな瞬間が、もしかしたらこれからの私の後半人生を細やかに支えてくれる宝箱になるかもしれない、そんな予感を持っています」というお言葉、とても印象に残りました。

 お母様の介護をされている、介護職の方は、どのような皆さんなのでしょうか。もともとは家族ではない方が、お母様や渡辺さんと家族のように長い時間を一緒に過ごすことで、どのような関係になっていくのか……お伺いしたいです。介護職の方とのあいだで、心に残っている出来事はありますか。

敬具

介護職の方々にも訪れる人生の節目

拝啓 ARIA様

 ヘルパーさんや、ケアマネージャーさん、訪問看護師さん、訪問入浴のスタッフの方々、福祉用具会社の担当の方、そして主治医の先生。自宅療養の両親と過ごす19年の間、どれだけ支えられてきたことでしょう。

 この方たちに会えなければ、両親と自宅で穏やかに暮らすなんて、難しいを超えて、まず無理だったと感じています。

 いろんな方と出会いました。介護職の方々にも、それぞれの生活があり、家族があり、それぞれに人生の節目も訪れます。

 介護の仕事を志すくらいですから、優しい方が多く、ご家族に何かあった時には自分で看たいと思うのは当然のこと。父や母を担当していたヘルパーさんやケアマネージャーさんが、ご自分の親御さんを介護なさるために離職するというケースも少なくありませんでした。

 父が退院したのは介護保険がスタートする春だったので、全て手探り状態の中でケアマネージャーさんを中心に話し合い、ケアプランを立て、退院した翌日から午前と午後にヘルパーさんに訪問していただく生活が始まりました。

 数年後、母が転んだことをきっかけにヘルパーさんに24時間態勢で居ていただくようになりました。思い起こせば、この時、通いだったヘルパーさんが転んだ母を心配して「ママさん(私の母)は動いちゃいけないから、私が泊まる!」と言い出してくれて、夜勤が始まったのです。

「介護職の方々に会えなければ、両親と自宅で穏やかに暮らすなんて、難しいを超えて、まず無理だったと感じています」