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荻野みどり レジリエンスで生きていく

荻野みどり 経歴がまったく美しくない それが私の強み

「女性は愛嬌があってバカがいい」と言われた子ども時代。短大をやめてから自分の人生を生きるように


被服、一般教養、社会学、国際政治。4つの大学で学ぶ

 短大をやめてからは、アパレル業界に入ったり、上京して普通のOLをしたり、いろいろな仕事を経験しました。そのうち、もっと世の中について知りたいという思いが湧き、放送大学に入って一般教養を学びました。

 経済学や経営学、心理学、宇宙とその歴史などを一通り学んでみたところ、社会学がすごく自分にフィットしたんです。そこで、放送大学は1年でやめ、23歳のときに社会人入試で駒澤大学に入学。世の中にあふれているメッセージの奥にある真の意図は何だろうと深読みする力といいますか、一度見渡してから物事を考える「ものの見方」を学びました。このときの学びは、会社のブランディングなど、今の仕事にも生きています。

 駒澤大学の1年生の夏休みに、勢いで国連の広報センターのインターンに申し込んだら、社会人経験を買われてうっかり受かってしまいました。そのインターンを通じて、国際政治に触れました。社会学はとても面白い学問だけど、目の前の出来事をすぐに解決できないというのが、もどかしく感じていたタイミングでした。解決もしたい、それなら政治だ! と思い、慶應義塾大学の通信教育課程に24歳のときに入り、国際政治を学びました。それが4つ目の大学です。

 短大以外の学費はすべて自分で出していたので、仕事を続けながら夜間と週末は勉強する日々を過ごしました。このときは医療機器メーカーでの派遣社員、コーヒーショップでのアルバイト、フリーランスとしてアパレルブランドのプロデュース、そして日雇いの工場内軽作業など、様々な仕事をしていました。仕事はハードでしたが、社会を幅広い側面から見る経験となり、とても勉強になりました。勉強との両立は自分で決めたことなので、大変だとは思いませんでした。

2004年の上京当初、荻野さんを心配して訪ねてきた両親と
2004年の上京当初、荻野さんを心配して訪ねてきた両親と
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