関係性の中でこそ人間は成長できる

 アドラー心理学の根底には、「人間は、互いに関係し合って生きている」という世界観があります。この言葉だけを聞くと当然のことに思えますが、突き詰めていくと、一般的な常識をひっくり返すような独特の視点を含んでいます。

 例えば、先ほど「ココロを育てる」という話をしました。この話を目にした人の中には、悩みを自分で乗り越えようと頑張ったり、自分の内なる「ココロ」を見つめ直したりすることをイメージした人もいるでしょう。こうした考えには無意識のうちに、「個の確立」という個人主義的な世界観が入り込んでいます。まず個々人が自我をしっかり育て、その上で成熟した個人同士、自己責任で関わり合う。社会はそういうふうに成り立っている、という世界観です。

 アドラー心理学の見方は全く違います。人は生まれたときから持ちつ持たれつの関係にあり、その関係性の中でこそ成長する。関係性を取り払った「個人」というとらえ方は無意味とまで言い切ります。ですから、ココロを育てるにも、自分一人ではなく、ほかの人との関わりが肝心なのです。

 少し日常的な例に置き換えましょう。この連載でも、身近な人と「ありがとう」でつながる関係がココロを育てるという話をしました。そんな話を聞くと、「いい人になろう」と考える人がいるかもしれませんが、それがすでに個人主義的な考え方。「いい人」という設定を自分で決め、それを目指した時点で、「人との関わり」から外れて一人で成長しようとしているのです。

 アドラー心理学では「いい人になる」ではなく、「いいコトをする」と考えます。いいコトとは、誰かが喜ぶような行動。他者への働きかけですから、そこには必ず関係性があります。いいコトをして人から感謝され、いいコトをしてくれた人に感謝する。そんな積み重ねが、ハッピーなココロを育てるのです。

 今の世の中は、前に挙げた個人主義的な世界観が浸透しています。私たちの頭の中にも深く入り込んでいるために、何かに悩んだようなとき、つい「自分、しっかりしろ!」などと一人で抱えてしまう。違うのです。悩んだときほど、やるべきコトは人との関わりの中にあります。時には失敗もするでしょう。それでも、ハッピーなココロを育てるには、関わり続けるしかないのです。この点をぜひ忘れないでください。

Lesson1 いい人にならなくていい、いい「コト」ができるようになろう
「いい人」という目標を掲げると、一人で理想を目指すイメージが形成され、理想に届かない自分は「ダメな私」になってしまう。「いいコトをする」と考えると、自然に他者との関係の中にいるイメージができる。助けたり助けられたりする中で、自己肯定感が保たれやすい。