ネガティブが苦しみを生むのではない

 悩んでいる人のお話を聞くときは、私はまずはとことんお話を聞きます。そして、ときには「人に意見を主張できない、弱い自分が嫌いだ」という人に対しては、「その面は、あなたの好きな自分、なりたかった自分ではないかもしれません。けれど、そうすることで、あなたは周囲の人との摩擦をなくし、人間関係をスムーズにすることができたのかもしれない。もしかしたら、あなたが嫌いだという自分の側面は、あなたを守る役割を担ってくれた、大切な柱となっていたのかもしれませんね」と新たな視点を提案することもあります。

 嫌いだと思っていた部分が実は自分を守り、支えてくれていた、と気づくと、受け入れがたかったネガティブな部分も、肯定的な視点で見ることができるようになってきます。

 そして、これまで守ってきてくれた柱に感謝しつつ、別の柱も入れていきたいなぁ、と思ったら、添え木のように、これまでとは違うとらえ方を取り入れてみる。その添え木が成長してきて、もう元の柱は必要ないかな、と思ったときに、それまでの柱を抜けばいい。もちろん、抜く必要がなければそのままにしておいていいのです。

 どんな人にも、これまで生きてきた中で、自分を支えてきた柱=心のクセが存在しています。このようなクセを単純に否定し、抑え込もうとするのは、あなたを守る柱をいきなり抜こうとするような行為。心の軸はぐらつき、不安定になってしまいます。

 ネガティブといわれるような考えでも仏教では「悪いこと」とはとらえません。仏教では善も悪も、きれいも汚いもない、一切は「空(くう)」、つまりプラスでもなければマイナスでもないととらえているのです。ネガティブが苦しみを生むのではなく、「そんな自分を受け入れない」という「否定」が苦しみを生むのです。

 まずは「ありのままの自分」を受け入れる、そこが自分が変わるためのスタートなのです。

今回のアドバイス
つらい、やりたくない、嫌い——ネガティブな感情も自分の一部。その感情を否定せず大切にしよう
ネガティブな感情は、抱えていて楽な感情ではないので、ついゼロにしたくなるもの。でも、その感情や、苦しいときについとってしまう態度は、今までずっとあなたを支えてくれてきた大切な柱である、ととらえ直してみましょう。「こんな自分になりたい」と思ったら、新たな対処法を、もとある柱の添え木のようにして、ゆっくり育てていけばいいのです。
羽鳥裕明
心理カウンセラー僧侶
羽鳥裕明 1968年生まれ。心理カウンセラー。真言宗智山派 僧侶。大学卒業後、9年間企業でエンジニアとして働いた後、31歳で得度し僧侶となる。悩みを抱える人の身近な存在でありたいという思いから、悩み相談の「駆け込み寺」を開設し、悩みごと相談を行う。著書に『悩みが消えるお坊さんの言葉』(サンマーク出版)
http://hatorihiroaki.com/

取材・文/柳本 操 写真/PIXTA

日経ヘルス2016年4月号掲載記事を再構成

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