50歳を目前に男性から女性へ。心の声に突き従って「女性として生きていく」ことを選択した岡部鈴さん。大手企業の中間管理職として働きながら、自分らしく生きる道へと舵(かじ)を切り、全社員に一斉メールでカミングアウト。働く人の約11人に1人はLGBT当事者だといわれる今、男性から女性へとスイッチした岡部さんが考えるダイバーシティとは? 好評連載の最終回となる今回は、女性として生きてきたこの8年間を振り返り、あらためて今思うことをつづります。
人の視線を恐れていた私がスポットライトの中に
女性として働くようになって6年ほどたった頃、それまでの私の経験をつづったノンフィクション小説を出版しました。それをきっかけに、メディアでの対談企画やインタビューのお話を少しずついただけるようになってきました。
企業などにおけるLGBT施策を推進する「work with Pride」というイベントでの登壇や、「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2018」 編集部特別賞の受賞など、それまでの自分の人生になかった経験をしました。WOMEN AWARDでは、「自ら道を切り拓き企業の中で活躍している人物」として私は5人の女性たちと共に選ばれました。
授賞式のスピーチで、かつては男性だったのでWOMEN AWARDの受賞資格がなかったこと、ダイバーシティ&インクルージョンが叫ばれる昨今、自分をアンテナに例え、会社で多様性を受け止める一つの「ダイバーシティ・アンテナ」になりたいと話しました。
8年前、女性としての自信を持つことができず、慣れない女装で道行く人の視線を恐れながら歩道の隅を歩いていた自分が、スポットライトの中、女性として授賞式の壇上にまさにそのとき、立っていたのです。
そうやって、徐々に周りの認知とともに女性として社会に溶け込む一方、男性だったときには感じなかった経験をするようになります。
夜道の怖さを初めて知った
例えば、夜道の一人歩き。歩いているときに後ろから迫ってくる足音。男性だった時代にはほとんど気にも留めなかったことが、女性として生活を始めると、とても怖く感じられるようになりました。
私のようなオバちゃんに誰も興味を持たないことは百も承知ですが、それでもコツコツと足音が近づくほどに高まる動悸(どうき)。その後何事もなかったかのごとく足音が抜き去っていったときのほっとした気持ち。
実は一度、夜の帰り道で、見知らぬ男性に道を聞かれた後、急に抱きつかれそうになったことがありました。そのときは、恐怖というより、一体自分に何が起きたのか冷静に分析することができないほど、混乱してぼうぜんと立ち尽くしていたことを覚えています。そんな経験から、こんな私でも自然に夜道では身構えるようになってしまったのでしょう。
「女性って、こんな恐怖と背中合わせに日々生きているの?」
性暴力は、男女問わず起きる問題ですが、女性特有の感覚的な「恐怖」は、なかなか男性には理解しづらい部分です。